接待の席では「とりあえずビール」が無難とされてきた。だが、その一杯が相手企業との関係性を左右することもある。東洋経済記者の山川清弘さんは「重要なのは銘柄そのものより、その背景を理解しているかどうかだ」という――。(第1回)

※本稿は、山川清弘『教養としての 三菱・三井・住友』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

ビール
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知らないと怖いビールのビジネスマナー

接待や会食などにおいて、「相手先が三菱グループならキリンビール、三井グループならサッポロビール、住友グループならアサヒビールが注文できる店を選べ」という不文律は、日本のビジネス界で長らく常識とされてきました。

これは非公式ながら、三菱グループ内での宴会や取引先との贈答、婚礼の際の選定などで、キリン製品が優先される傾向にあることを示しています。ただし、この「三者三様」の力関係は、実態を詳しく見ると少し様子が異なります。

たとえば「住友=アサヒ」というイメージは、かつて経営難に陥ったアサヒビールを住友銀行(現・三井住友銀行)が中心となって再建を支援した歴史的経緯から定着したものです。しかし実際には、アサヒビールは住友グループの主要企業(住友グループ広報委員会加盟社)として位置づけられているわけではありません。

東京都墨田区、吾妻橋近くの隅田川の埠頭から見たアサヒビール本社ビル
東京都墨田区、吾妻橋近くの隅田川の埠頭から見たアサヒビール本社ビル(写真=Basile Morin/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

三井グループとサッポロビールの関係についても、近年ではそこまで強い縛りはないと言われています。これに対し、三菱グループとキリンビールの結束は、金融機関や重工業などグループの中心企業にまで深く浸透しているのが特徴です。

サッポロホールディングス、サッポロビールの本社にあるロゴマーク=2025年12月25日、東京都渋谷区
写真提供=共同通信社
サッポロホールディングス、サッポロビールの本社にあるロゴマーク=2025年12月25日、東京都渋谷区

キリンと三菱の「特別な絆」

アンケートでは「最近はこだわらない」という声も散見されるものの、三菱グループの「食」の顔役としてのキリンの存在感は依然として圧倒的です。伝統的な「御三家」を筆頭に、グループ全体の厚い信頼を背負っているからこそ、キリンは三菱という巨大組織の象徴であり続けているのです。

キリンビールを製造するキリンHDも、三菱グループの「金曜会」メンバーです。キリンHDの源流は、1885年に横浜で設立された外国人居留地発のジャパン・ブルワリー・カンパニー(JBC)という独立した会社にさかのぼります。

三菱グループの支援によって「麒麟麦酒きりんビール」が創業したという説もありますが、実際には、JBCの事業を1907年に麒麟麦酒が引き継ぐ形で設立されました。

麒麟麦酒が、JBCを引き継ぐにあたり、麒麟麦酒のシンボルである伝説の生き物「きりん」という縁起の良いブランド名と、独立した企業としての公共性を尊重したため、あえて特定の財閥名を冠しませんでした。

麒麟麦酒の設立には三菱の岩崎家が深く関与し、資本的な支援を行いました。しかし、これは三菱の事業として立ち上げたのではなく、独立した有望な会社に出資し、その経営に関与するという形で進められました。