絶対王者が陥った「成功体験」という罠
これにより、キリンHDは三菱グループの結束の核である「三菱金曜会」の席を得ながらも、社風や意思決定において、ビール会社としての独自性を強く保ち続けることになったのです。アサヒスーパードライが台頭するまで、戦後長きにわたりキリンは国内ビール市場で首位を保持していたという王座の歴史があります。
しかし、その圧倒的な地位が、後に大きな苦い教訓を生むことになります。1990年代、アサヒビールの「アサヒスーパードライ」が大人気となり、キリンビールにとっては大きな脅威となりましたが、当時のキリンビール社内には、伝統的な看板商品である「キリンラガービール」への強いこだわりがありました。
当時の佐藤安弘社長が現場を回った際、若手社員から「ラガーと一番搾り、どちらを売るべきか」と質問されたところ、上司の課長が「ラガーはどうなっているんだ?」と叱責したというエピソードが残っています。
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