世界最大の半導体受託製造企業TSMCが進出したことで、熊本県は劇的に変化している。その一方で、急速な進出ラッシュで困惑する地元民もいるという。ジャーナリスト大鹿靖明さんによる『半導体 尖端覇権の興亡』(講談社)より、一部を紹介する――。(第1回)
台湾半導体製造会社(TSMC)工場
BING-JHEN HONG
※写真はイメージです

TSMC進出で起きている「熊本バブル」の実態

TSMCの進出が公表されると同時に、熊本には半導体の素材メーカーや製造装置メーカーがそれに追随して進出するようになった。

進出公表の2カ月後の2022年1月には、テラプローブ社が芦北町に半導体測定装置の製造拠点を増設することで地元と立地協定を結び、半導体製造では欠かせないフォトレジスト材で世界ナンバーワンのシェアを握る東京応化工業は3月、菊池市に工場を新設すると発表した。

半導体リードフレームの金型をつくる冨士ダイスは南関町の工場を増設すると決め、ウエハーを加工する際に発生する有毒ガスを除去する装置で知られるカンケンテクノ(京都府長岡京市)は玉名市に工場を新たに設けることにした。

富士フイルムは2024年2月の操業開始に向けて菊陽町に新たにウエハー研磨用のCMPスラリーの生産ラインを設けると公表し、半導体製造の特殊ガスを供給するジャパンマテリアルも大津おおづ町の既存の3工場の大規模改修を行うと明らかにした。

九州のIC生産額は2000年にピークの1兆4000億円を稼ぎ出した後、2013年には6000億円までに落ち込み、半導体は、もう終わった産業とみられていた。それが一変し、かつての「シリコンアイランド九州」の輝きを取り戻そうとしていた。

工場一棟で1兆円を上回る投資額

熊本県は2021、22年度と2年連続で進出企業が過去最高を更新した。バブル期に企業誘致のために造成したものの、その後のバブル崩壊によってずっと売れ残っていた工業団地31ヘクタール余が瞬く間に売れ、買い手がつかないのは、潮の影響を受けやすい海沿いの名石浜工業団地の5ヘクタールだけだった。

「まさに黒船が来たという印象です。10年以上塩漬けになっていたところが一気に動きました」。木村敬副知事はそう言った。

彼は総務省の官僚だったが、東大の学生時代の恩師の蒲島かばしま郁夫知事から副知事に招かれ、蒲島の後継者として2024年には知事に就任する。

「TSMCの投資規模とスピード感はこれまでの企業誘致と全然違う」と木村は言う。それまでソニーなど企業進出に伴う数百億~1000億円台の投資はあったが、TSMCのような工場一棟で1兆円を上回る投資は初めてだった。しかも、それがさらに2号棟、3号棟と増設される見通しだった。熊本県の県内総生産が6兆円だから、いかに大きな投資かがわかるだろう。まるでバケツの水の中に鯨を放り込んだようなものだった。

しかも、2021年11月に進出が公表されたばかりというのに2024年2月には開所するという。「何もなかったところに本当に工場ができるのか、と。そのスピード感に愕然としました」