廃校跡までが工場になる
TSMCで働く1700人の従業員のうち800人は地元で採用されるうえ、半導体関連メーカーが続々と熊本に進出し、2023年10月時点ですでに36社が2900人を新規雇用することを明らかにしていた。TSMCを中核として製造装置メーカーや素材メーカーが軒並み熊本に工場や営業所を構えるというのだから、経産省が恐れていた装置メーカーや素材メーカーの海外流出に歯止めをかけることができ、菊川のいう「キャペックスプロジェクト(※)」は狙い通りにいきそうだった。
※ キャペックスとは、企業が設備や技術などの物理的資産を購入するために支出する資金(設備投資資金)のことをいう。
カンケンテクノは、工場用地として熊本の7カ所ほど当たったものの、適当な場所を見つけることができず、最終的に選んだのは廃校となった玉名市の梅林小学校だった。「TSMCはものすごい量のガス除去装置を発注してきましたよ。ウチが1年間につくる量の3割は熊本に行くことになるでしょう」。創業者の今村啓志社長はそう言った。
廃校跡までが工場になるくらい、工場用地は不足していた。このため、県が新たに50ヘクタール規模の工業団地を2カ所つくることを明らかにしたのをはじめ、熊本市が3カ所(合計48ヘクタール)、合志市(11ヘクタール)、大津町(9ヘクタール)、西原村(10ヘクタール)、益城町(9ヘクタール)と、周辺自治体が相次いで新たな工業団地の増設を打ち出した。
のどかな畜産地帯が一変
急速な進出ラッシュは地価の急騰を招き、TSMCが立地する菊陽町の工業地の地価は2022年、31%余も上昇し、日本一の上昇率になった。2023年は隣接する大津町の商業地が32%余の上昇で日本一に、同町の工業地は31%余の急騰で全国2位だった。
「農地は規制の網がかかっていますが、規制のかかっていない雑種地とか山林に不動産ブローカーが群がっていて、30%アップどころか、実態は300%アップの価格で取り引きされています」(木村副知事)。
不動産登記は法務省の管轄で市町村役場はリアルタイムに把握しにくい。しかも意図的に登記を遅らせれば、なおさら実態はつかみにくい。「取引が見えないんです。ブローカーの後ろには、それを動かしている人たちがいるわけですが、それがどういう人たちなのかもはっきりしない」。木村は困惑していた。
不動産バブルは熊本の農家を不安にさせた。手広く事業をしている畜産農家ほど地価高騰の影響を被った。ウシの糞尿を堆肥としてまいてトウモロコシなどの飼料を生産する阿蘇山麓の大規模畜産農家は少なくない。いわば循環型農業である。250頭の乳牛を飼う「つだ牧場」の津田朋哉代表もその一人だった。
菊陽町や大津町の耕作放棄地を借りて20ヘクタールの畑で飼料を栽培してきたが、TSMCが進出を公表すると、菊陽町の地主から「農地として貸すよりも駐車場にしたほうが儲かるから土地を返してくれ」と言われて3ヘクタールを返した。それだけに終わらず、今度は大津町からは「工業団地を造成したい」と3.5ヘクタールを売ってほしいと求められた。「このままでは堆肥のはけ先がなくなります」。30歳の若手畜産家はそう嘆いた。

