農業高校の卒業生まで採っていく
30ヘクタールのサツマイモ畑を営む農業生産法人コウヤマの香山勇一社長は、熊本の農村で起きている事態を「土地の貸しはがしと農家の雇い負け」と表現した。
「農業高校の卒業生まで半導体が採っていっちゃっているんです。ウチも県立農業大学校から来た6年目の子と1年目の子が『TSMCに行く』と言って辞めちゃったんです。給料が違いすぎて」。香山はそう言った。
半導体企業が相次いで進出する阿蘇山麓は、全国有数の畜産地帯であり優良農地でもあった。農業にとって良い土地は、工業にとっても良い土地だった。阿蘇から流れる潤沢な地下水が半導体産業にとって魅力だったが、それは農家からすると「TSMCなどが水を使いすぎて、水がなくなりはしないか」と不安をかきたてる材料にもなった。
インターナショナルスクールはありますか?
TSMCは地価だけでなく賃金も引き上げた。800人を新卒と中途採用で地元から雇用することにしていたが、このうち新卒の初任給は28万円だった。熊本では初任給の相場は20万~22万円だった。地元ではエリートとされる熊本県庁職員の23万円余をも大きく上回った。「地元企業は、高い賃金のTSMCに引き抜かれることを心配しています」。そう県の担当室長は言った。
しかも台湾から派遣される400人の社員はみな高学歴で、年収も日本円にして2500万円以上という。家族を含めて750人が熊本に暮らすことになった。転勤族向けのマンションはいくつもあったが、彼らが要求したのは、100平方メートル以上の広さだったり、内装は自分たちでするのでスケルトンの状態でほしいというものだったりして、地元の不動産業者を面食らわせた。そんな物件は熊本にはそもそもないのだ。
とりわけ県庁を驚かせたのは、台湾人社員の子どもに向けた教育環境の整備だった。
「黒船度合いでいうと、これが一番大きかった。『熊本にはインターナショナルスクールはありますか?』といわれたんです」。木村副知事は驚いた。県は当初、公立学校の拡充を考えていたが、TSMCのニーズに合わなかった。

