2008年以来、東京から地方への再分配は累計12兆6000億円を超えた。それでも人口の地方回帰は起きていない。「財源を移しても産業は動かない」のが、20年近い社会実験の結論だ。だが今、その前提を根底から覆す技術が動き始めている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「フィジカルAIは国家の地理そのものを変える。日本の地方こそ、その最大の主役になり得る」という――。
上空から見下ろした田舎の風景
写真=iStock.com/crossover-japan
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技術が変わるたびに、国家の地理は変わってきた

フィジカルAIは仕事を変え、企業を変え、産業を変える。しかし最も見落とされているのは、AIは国家の地理を変えるということだ。

筆者は2026年5月に『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)を刊行した。そこで論じたのは、フィジカルAIが産業と企業をいかに書き換えるかであった。しかし本稿では、その議論をさらに一段高めていく。フィジカルAIは産業を変えるだけでなく、国家の地理そのものを変える。そのことを、東京一極集中という日本固有の問いを通じて論じたい。

田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)
田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)

情報・資本・人材・意思決定がどこに集まるかは、技術によって規定される。農業社会では肥沃な土地と水源のそばに人が集まった。工業社会では港湾・鉄道・原材料の集積地に都市が生まれた。知識社会では情報と人材の密度が高い都市――東京・ロンドン・ニューヨーク――に経済の重心が移動した。技術が変われば、国家の地理は変わる。AIは今まさに、その転換点を作り出している。

競争力の高い国ほど、特定都市への集積が際立つ。ロンドンとニューヨークは金融機能の集積地からフィンテック・スタートアップとの結節点へ進化した。深圳はハードウェアの製造集積地から出発し、フィジカルAIの世界的拠点へと変貌した。イスラエルのテルアビブは軍事・サイバー技術を民間スタートアップへ転換するエンジンとして機能する。三者に共通するのは、「集積の質」を絶えず変革し続けているという点だ。AIの時代に何を集積させるかを問い直した国が、次の競争を制する。

集まっているのに、なぜ豊かにならないのか?

翻って東京を見る。大企業の約6割が東京に本社を置くという数字は30年前からほとんど変わっていない。集積は維持されながら、集積の果実=生産性向上は実現しなかった。その間、日本のGDP成長率は主要先進国中最低水準にとどまった。「人が集まっているのに、なぜ豊かにならないのか」。これが日本固有の問いだ。

東京一極集中の問題は「東京に人が集まること」ではない。「集まっているにもかかわらず、集積を生産性と価値創造に変換できていないこと」だ。そして今、AIという変数が加わることで、その問いはより根本的な問いへと昇格する。国家の地理そのものをどう再設計するか、という問いへ。

問いの背景に、一つの構造的事実がある。日本はいつの間にか、「成長する国家」ではなく「分配する国家」になってしまった。

2008年以来、東京から地方への再分配は累計12兆6000億円を超えた。それでも人口の地方回帰は起きなかった。2025年国勢調査の数字がそれを証明している。財源を移しても産業は動かない。これが20年近い実験の結論だ。なぜか。分配の設計はされていたが、成長の設計がなかったからだ。