山はもう、以前と同じ山ではない
氷河融解とは、白い氷が静かに少なくなっていくだけの現象ではない。氷に覆われていた岩盤がむき出しになり、落石が起き、登山ルートが失われ、やがて斜面そのものの安定性が崩れていく。野口さんが見た「氷壁が崖に変わる」という光景は、今回の氷河・岩石崩落へとつながる変化を、一枚の映像のように象徴している。
地図上では、同じ場所に同じ山が存在している。しかし、実際の山は、すでに以前と同じ山ではない。まさに、地球の安全地図が書き換わっているのである。
番組で私は、今回の災害について次のようにコメントした。
気候の急激な変化を受けて、地球そのものが変化している。地球の安全地図が書き換わり始めている。だからこそ、これまでの安全を前提に築いてきた私たちの文明や都市、インフラ、国土を、変化する地球を前提として再設計しなければならない。すでに手遅れかもしれない。それでも手遅れだと思ってはならない。気候変動に本気で歯止めをかけ、この人類への警鐘を、今ここで具体的な行動へ変えなければならない。
今回の大惨事は、単に一つの氷河が崩れたという出来事ではない。人類が築いてきた文明の配置そのものが、変化する地球と整合しなくなり始めていることを示す警鐘なのである。
今回の大惨事は、単に一つの氷河が崩れたという出来事ではない。人類が築いてきた文明の配置そのものが、変化する地球と整合しなくなり始めていることを示す警鐘なのである。
崩落した氷河で仲間の登山隊が全滅した
野口さんの警告の原点は、抽象的な地球温暖化論ではない。実際の登山中に経験した異変と、身近な仲間やシェルパの人々が被った災害である。
2004年には、山の上部から崩落した氷河が、安全と考えられていたベースキャンプへ土石流のように押し寄せ、仲間の登山隊が全滅した。2005年にも雪崩で仲間を失った。
氷河は静かに溶けて小さくなるだけではない。不安定になった氷河や岩盤は、ある瞬間に崩落し、巨大な運動エネルギーを持って人間を襲う。今回起きたことの原型を、野口さんは20年以上前に、仲間の死を通して経験していたことになる。
2006年5月には、標高約5000メートルで、本来なら雪になるはずの降水が雨になった。2006年末から2007年初頭の厳冬期には、約6000メートルの山でほとんど雪が降らず、薄手のダウンジャケットで登れるほど暖かかった。
一度の異常気象だけで気候変動との因果関係を証明することはできない。しかし、同じ山域を何度も歩いてきた登山家が、従来とは違う雪、雨、氷、気温の状態を身体で感じ取っていたことは、重要な現場のシグナルである。

