「社長でいる限りF1復帰はない」はずだった
2009年11月4日、トヨタ自動車は記者会見を開き、F1からの撤退を発表した。世界最高峰の自動車レースに参戦して8年。1000億円規模ともいわれる年間予算を投じながら、一度も優勝できないままの幕引きだった。
リーマン・ショック後の業績悪化のなか、就任1年目の社長・豊田章男が下した苦渋の決断だった。豊田はその後、「自分が社長でいる限り、F1復帰はない」と繰り返し公言してきた。
それから15年。2024年10月、トヨタは突然、F1への回帰を発表する。しかも自前のチームを立ち上げるのではなく、あるチームとの提携という形だった。相手は米国資本の「ハース」。全10チームの中で最も小さく、スタッフ約400人は上位チームの3分の1に過ぎない。前年のランキングは最下位。世界販売台数1000万台を超える巨人が手を組む相手としては、あまりに意外な選択だった。
トヨタには他の選択肢もあった。名門マクラーレンとはすでに協力関係があり、トヨタ育成出身のドライバーも送り込んでいた。それでもトヨタは、ハースを選んだ。
鍵を握るのが、このチームを率いる一人の日本人である。TGRハースF1チーム代表・小松礼雄。F1で唯一の日本人チーム代表であり、就任1年目に最下位のチームをランキング7位へ押し上げた男だ。TGRとは、トヨタのモータースポーツ部門「TOYOTA GAZOO Racing」の略称である。
意外なことに、小松は「トヨタは堅苦しくて、魅力のない会社だと思っていた」と公言してはばからない。
「悪いけれど、魅力的な車は一つもありませんでした。大昔のセリカやカローラにあったような良さが今のラインナップにはなく、何の魅力も感じませんでした」
トヨタを評価していなかった男に、なぜトヨタは自社の名を冠したチームを委ねたのか。その答えは、2024年6月に東京で実現した、豊田会長との1時間の初会談と、二人のキャリアにあった。


