2人をつないだ「現場主義」

失敗の責任を引き受ける覚悟があり、心理的安全性が担保されてこそ、現場は思い切った判断ができる。この考え方もまた、豊田会長が語る「人を育てる」哲学と深いところで重なっている。

「うちのチームが抜本的に変わるためには、本当にそういう力が必要でした」――小松にとっても、チーム内部の人員や開発力の不足を補う実利があった。それでも繰り返し語るのは、損得勘定より先にある「思い」の部分だった。

同席していたトヨタ側のスタッフが、二人の関係についてこう漏らしたことがあるという。「2人ともたった一人で戦ってきたからだよね」。小松はこの言葉を、互いに現場の最前線に立ち続けてきた者同士の感覚だと理解している。

2026年6月28日、F1オーストリアグランプリでインカムを着けて指示を出す小松代表
写真提供=TGRハースF1
2026年6月28日、F1オーストリアグランプリでインカムを着けて指示を出す小松代表

「2人とも、ずっと現場を見て、現場で先頭に立ってやってきた人間だからです」

小松にとって、この「現場主義」の原点は、母から聞かされたある逸話にある。母は小松を産んでから35歳という年齢でファッションの世界に飛び込み、周囲の反対を押し切って、銀座のフラッグシップ店で成果を挙げた人だった。その母が繰り返し語っていたのが、JUNブランドで著名なデザイナー芦田淳氏についてのエピソードだった。

「芦田先生という方は、どれほどブランドが大きくなっても、常に自分の足で現場に来て、販売員一人ひとりと話をしていたそうです。お客さんがどんな顔で服を見ているか、自分の目で確かめる人だった、と」

17年ぶりにトヨタがF1に帰ってきた

小松自身、その後さまざまなチームを渡り歩く中で、この教えを繰り返し実感することになる。

「他を見ていても、やはり組織としてうまくいっていない会社は、決まってトップが現場を見ていません」

チーム代表という立場になっても、豊田会長が「モリゾウ」として自らステアリングを握り現場に立ち続ける姿と、小松が母から学んだ経営者像は重なる。理屈ではなく、肌感覚で通じ合う部分があったのだろう。

2024年10月、TGRとハースは車両開発や人材育成での協力を軸とする複数年にわたる技術パートナーシップを締結。以来、トヨタの若手エンジニアやドライバーがF1の現場に加わる人材交流が積み重ねられてきた。

そして2025年12月、両者はさらに一歩踏み込む。TGRが、チーム名に自社の名を冠する「タイトルパートナー」に就任すると発表されたのだ。2026年シーズンからチーム名は「TGRハースF1チーム」に改称された。2009年にF1から撤退して以来、トヨタの名がチーム名に冠されるのは実に17年ぶりのことになる。

2026年3月28日、F1日本グランプリを走行するTGRハースF1チームのマシン
写真提供=TGRハースF1
2026年3月28日、F1日本グランプリを走行するTGRハースF1チームのマシン