神奈川県横須賀市の坂の上に、1960年に市営住宅として開発された平屋団地「月見台住宅」がある。2020年度に市営住宅として廃止され、その後約5年間、誰も住まない状態が続いた。車が入れないほど道路が狭く、建て替えもできない。銀行からも「価値がない」と融資を断られた。ところが再生後は、店舗や工房を併設した47戸がすべて埋まり、年間約5000万円の家賃収入を生んでいる。何を変えたのか。ライターの逢ヶ瀬十吾さんが、事業を率いたエンジョイワークス取締役の松島孝夫さんに聞いた――。
株式会社エンジョイワークス取締役 松島孝夫さん
筆者撮影
株式会社エンジョイワークス取締役 松島孝夫さん

放置された築65年の団地をリノベ

月見台住宅がある横須賀市田浦町の高台は、鎌倉時代には幕府家臣の下屋敷があったと伝えられ、「城の台(しろんだい)」と呼ばれていたという。

そして1960年(昭和35年)、市営住宅として開発され、32棟74戸が建てられた当時、この市営住宅は横須賀の住宅需要を支える団地だった。

だが時代は移り変わる。少子化と建物の老朽化が進み、坂の上という立地の不便さもあって入居者は徐々に減少。2020年度、横須賀市はついに住宅としての役割の終了を決定した。

「横須賀市には、使われていない公共不動産が数多く残っています。空き家も非常に多く、人口減少率も関東でトップクラス。市としても、使われないまま放置されている公共施設や住宅、“遊休不動産”をどう活用するかが大きな課題になっていました」

そう振り返るのは、旧市営田浦月見台住宅再生プロジェクトを率いる株式会社エンジョイワークス取締役の松島孝夫さんだ。現在は事業責任者として、企画立案からプロデュース、事業全体のマネジメントを担っている。

この団地の再生プロジェクトの発端は、横須賀市から持ちかけられた一本の相談だったという。

「市の担当部署から、『市の遊休不動産を活用して何かできないか』と弊社に声がかかり、市内に点在する遊休不動産を一緒に見て回るツアーをすることになりました。

明治時代の砲台跡やレンガ造りのドック、老人福祉センターや公園など、横須賀市内各地に眠る資産を巡るなかで目に留まったのが、すでに市営住宅としての役目を終え、人が住まない状態が続いていたこの旧市営田浦月見台住宅でした。

ここは市内のなかでも“どうしようもない”と市から見放されていた場所だったんです」

月見台住宅の空撮写真
画像提供=エンジョイワークス
標高約50mの小高い丘にある月見台住宅の空撮写真。もとは市営住宅だったが、2025年に職住一体の「なりわい住宅」として復活した

市が見放した物件に「可能性」を感じた

当時、横須賀市はこの月見台住宅を「活用が最も難しい物件」の一つと考えていたという。

「道路は狭く、建て替えもできない。建物の老朽化も進んでいる。不動産として見れば決して条件がいいとは言えず、市としても活用方法を見いだせずにいた物件でした」

道路幅が狭いため車は通行できない
筆者撮影
道路幅が狭いため車は通行できない

しかし、松島さんの見立てはまったく違っていた。