明治元年創業の鳥善は、浜松でレストランと結婚式場を運営する老舗だ。6代目社長の伊達善隆さんが入社した12年前は店舗にクモの巣がはり、業績は右肩下がりだったという。社員のモチベーションも低下する中、事業をどう立て直したのか。ライターの天白あきえさんが取材した――。

初代は徳川家にも仕えた歴史ある企業

静岡県浜松駅から車で約15分。まちの一角に突如緑が生い茂る場所が現れ、ゆるやかなカーブを描いた坂道を登っていくと、南国を思わせる植物に囲まれた豪華な建物が見えた。1868年(明治元年)創業の鳥善が運営するレストラン「ジ・オリエンタルテラス」だ。

南国風の植物に囲まれたジ・オリエンタルテラスの正面玄関
撮影=中谷秋絵
南国風の植物に囲まれたジ・オリエンタルテラスの正面玄関

初代は徳川家にも仕えた歴史を持つ企業「鳥善」は、日本料理店として始まり、現在は洋食レストランやウェディング事業を展開している。自動車メーカーのスズキからの要望でインドベジタリアン食の開発から始まり、商品化したレトルトカレーのヒット、社員食堂事業の拡大、そしてJALの機内食に採用という躍進を続けてきた。

スズキで提供しているベジタリアン料理
写真提供=スズキ
スズキで提供しているベジタリアン料理

これらを主導してきたのが、6代目社長の伊達善隆さんだ。新事業が好調で注目を集める鳥善だが、伊達さんが入社したときは業績が悪く、約50人いた社員のモチベーションも低かったという。「店内にクモの巣が張っていた」という状態から、どうやってスズキとコラボレーションするまでになったのだろうか。

「このままでは会社の未来はない」

1995年、浜松出身の伊達さんは子どもの頃から運動が好きだった。高校で器械体操を始め、進学した早稲田大学では、当時珍しかった男子チアリーディング部の初期メンバーとして参加した。

「器械体操を始めたのは、サッカーじゃ一番になれないけど、これだったら勝負できるかなと思ったからです。誰もやってないことや新しいことをやるのが、昔から好きだったんですよね」

子ども時代を振り返る鳥善6代目社長の伊達善隆さん
撮影=中谷秋絵
子ども時代を振り返る鳥善6代目社長の伊達善隆さん

大学在学中は、両親の勧めもあり1年間アメリカに留学した。大学時代に「圧倒的に世界が広がった」という伊達さん。人と関わるなかで、「人を元気にしたり、人の可能性を引き出したりすることができたら」という思いが芽生えた。就職活動をするなかで「それは家業の鳥善でもできる」と気づき、いずれは会社を継ぐことを決心した。

家業に戻っても役に立つことを考え、コンサルティング企業に就職。その後、ウェディング事業の経験を積むために、ブライダルやホテルを手がける株式会社Plan・Do・Seeに転職し、店舗マネジメントや老舗旅館の再生などを担当した。

2014年に鳥善に入社した時、会社の状況は芳しくなかった。5代目として会社を率いる父親を含めて経営はトップダウン型で、自ら考えて行動する人は少なかった。社内の雰囲気は暗く、売り上げは下降線をたどっていた。

店内の窓や隅にはクモの巣が張っていた。「お客さんには見えているのに、スタッフには見えていない。この状況を変えなければ、会社の未来はない」と思った伊達さんは、ひとりで清掃を始めた。