日本の果物の美味しさと種苗法
私は世界各地を旅してまわってきたが、日本の果物は概してどの国にも引けを取らない、甘くて瑞々しいものが非常に多い。それもそのはず、明治期以降、西洋から導入された果樹をベースにしつつも、日本の湿潤な気候や、日本人の繊細な味覚・美意識に合わせるため、国や各都道府県の農業試験場、そして在野の篤農家たちは、気の遠くなるような交配と選抜を繰り返して品種改良を行ってきた。
その技術の粋が、日本産の果物なのである。そのような背景もあり、農林水産省が血眼になって警戒しているのが、このような農業知的財産の流出だ。
日本の法律(改正種苗法)では、登録品種の苗木や枝を無断で海外へ持ち出した場合、個人であれば「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金」、法人であれば「最大3億円の罰金」という極めて厳しい刑事罰が規定されている。文字通り、人生を棒に振るレベルの厳罰である。
にもかかわらず日本のブランド果実は、中国に密輸され続けている。中国に関しては「法の抑止力」が完全に無視されているのが実態なのだ。例えばシャインマスカットは、中国での栽培面積が日本の30倍に達し、日本の経済損失は少なくとも年間200億円弱という深刻な事態になっている。
中国人が日本の果物にこだわるワケ
なぜ中国の農家や業者は、法を犯してまで日本の果物の苗木を手に入れ、違法に栽培しようとするのか。その背景には、中国の①遵法意識、②贈答文化、③日本ブランドへの信頼が関係している。
まず、遵法意識について。かつて14億人もの胃袋を満たすことが最優先課題だった中国の農業において、優れた種や苗は「誰かが独占して利益を得るもの」ではなく、「国全体で増産して飢えを凌ぐための公共財」という性格が強かった。加えて、近代の急速な経済成長期において、海外の先進技術を模倣し、スピード感をもって大量生産するキャッチアップ型のビジネスモデルが国を豊かにしてきたという成功体験がある。そのため農家や業者の中には「他国の権利を盗んでいる」という罪悪感が薄く、「良い品種なのだから、みんなで育てて市場に広めればいい」という旧来の常識が根強く残っているのだ。
また中国には、お互いに見栄えのする立派な品を贈り合うプレゼント文化がある。とくに新鮮な舶来品は、その希少さも相まって「相手を大切にしている」ことを示すことができる。だからこそ日本の果実は現地でプレミア価格になっているのだ。
例えば、中国の通販サイトでは、「青森県産 王林」が8個入りで372元(約7400円)、つまりリンゴ1個が約1000円という日本では考えられないプレミア価格で売られている。同じ輸入品でも、ニュージーランド産のリンゴが8個で34元(約800円)程度であることを考えれば、日本ブランドの価格は異常ともいえよう。


