これは「豊田章男のプロジェクト」
この提携には、確かな実利もある。小松自身がその構造をこう説明する。
「トヨタは高度なシミュレーター技術を持っていますが、我々にはそれがありません。逆に我々が持っているのは、F1という最前線の現場です。その高い技術を、我々のF1という現場に投入してもらう。そうすることで、互いに確かなシナジーが生まれています」
持たざる者同士が、互いの持っているものを持ち寄る――技術面での結びつきも、決して薄いものではない。だが小松にとって、この提携の本質は企業対企業の取引ではない。
「これは『トヨタの豊田章男』という個人の信念から生まれたプロジェクトです」
自社単独でトヨタF1チームを作るのではなく、既存のF1チームと提携し、一体となって取り組む――そこに会長の信念が表れているという。
「章男さんが『人を育てる文化を作るんだ』という信念に立ち返ったこと。それが何よりも大事なのです」
出会って間もない頃から、二人は不思議な感覚を共有していたと小松は振り返る。生まれた環境も歩んできたキャリアも、まるで交わることのなかった二人。それでも同じ事象を前にすると、感じることがそっくり同じだった。
「話すたびに『なぜここまで分かっていただけるのだろう』と驚かされます。打ち出の小槌のように、次々と共感し合える会話が生まれるんです。章男さんも私も、初対面の時から『もう10年くらいの付き合いでしたっけ?』『今回お会いするのが初めてでしたっけ?』と笑い合うほどでした」
2人の関係は「逃げなかった言葉」から始まった
技術でも、資金でもなく、人を育てるという一点で深く共鳴した二人。トヨタという看板を背負いながらも、そこにあるのは一人の経営者と一人のチーム代表の、極めて個人的な信念のぶつかり合いだった。
小松が初対面の豊田章男会長にぶつけたのは、「参戦しては撤退する。いい加減にしてほしい」という積年の憤りだった。その問いに、会長は撤退を決めた自責の念で応えた。二人の関係は、褒め言葉ではなく、逃げなかった言葉から始まっている。
だからこの提携の成否は、表彰台に立った回数では測れない。ここで育った人間が10年後、20年後にどこで何をしているか。問われるのはそのときだ。
日本のモータースポーツに文化と伝統が根付くまで、何十年もかかるだろう。二人が始めたのは、自分たちが結果を見届けられるとは限らない仕事。それでもコンフォートゾーンの外へ一歩踏み出した。そこにこそ、この提携の本当の意味がある。


