2400年前の本を読んだら、今日のニュースが見えた

プラトンの『国家』を読んでいて、手が止まったことがある。第8巻で、民衆が政治を担う「民主制」から、一人の支配者が権力をほしいままに振るう「僭主制」へと変わっていく過程を描いた箇所である。そこには、おおよそ次のようなことが書かれている。

人々が自由を際限なく求め、自分を制約する法や規範まで疎ましく感じるようになる。社会の対立が深まるなか、民衆は自分たちの味方となる人物を保護者として押し上げ、その力を大きくしていく。ところが、その人物は支持を背景に敵対者を排除し、やがて民衆自身を支配するようになる。

古代ギリシャの哲学者プラトンの彫像
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人々は、初めから自由を奪われたいと望んだわけではない。自分たちを守ってくれると信じて力を与えた相手が、自由を奪う支配者へと変わっていく。約2400年前に書かれた政治の変化が、手元のニュースと重なって見えたのである。

プラトンはインターネットも、現代の選挙制度も知らない。古代ギリシアと現代では、政治の仕組みも異なる。それでも、不満や不安を抱えた人々が保護者を求め、その期待を集めた指導者に権力が集中していく過程は、現代を考える手掛かりになる。時代の違いを超えて働く人間と社会の構造が、そこにはある。

「100年後の自社を一緒に考えてほしい」

ちなみに、古典を使うと、100年後の会社をどう考えられるのか。創業100年を超える、素材の加工や再利用に技術を蓄積してきた実際の老舗企業の実例の一部を説明したい。

『易経』には「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し」とある。ここでの本質的な構造を手掛かりに、資源を採って加工し、売るという事業が、いつか制約に突き当たる未来を考える。採掘の制約が強まり、使用済み製品から資源を取り戻す重要性が高まるなら、会社の役割はどう変わるだろうか。

描けるのは、100年後、この会社が世界の工場や都市に蓄積された希少資源を管理し、必要な産業へ繰り返し供給している姿である。顧客は素材を買い切るだけでなく、必要な期間だけ利用する。会社は使用後の素材を回収し、精製して、次の顧客へ届ける。収益も、販売時の利益に加え、利用料、回収・再生の対価、品質を保証するサービスから得るようになる。