胆をなめるだけでは強くならない
中国の古典には、この姿に重なる故事がある。「臥薪嘗胆」だ。
紀元前5世紀、呉に敗れた越王の勾践は、苦い胆を座る場所に掛け、飲み食いのたびになめて、敗北の屈辱を忘れまいとした。司馬遷の『史記』が描く勾践の本領は、その先にある。勾践は自ら田を耕し、夫人は自ら機を織った。へりくだって賢者を迎え、民と苦労をともにし、范蠡ら人材に国の立て直しを託した。そして約20年後、呉を破った。
苦い胆をなめるだけで、国が強くなったわけではない。屈辱を、国を立て直す行動に変えたから強くなったのである。
日本車の歩みにも、同じことがいえる。日本車が強くなった理由を、輸出規制への対応だけで説明することはできない。ホンダは、規制ができる前から、現地で造る道を選んでいた。大切だったのは、壁ができた後に耐えることだけではない。顧客のいる場所で造り、人を育てるという、市場への入り方そのものを変えることだった。
そしていま、欧州で市場への入り方を変えようとしているのが中国勢である。商品の幅を広げ、造る場所を変え、組む相手を変えている。かつて日本のメーカーが歩んだ道を、いまは中国勢がたどろうとしている。
駅馬車を何台つないでも、鉄道にはならない
だからこそ、日本の側が問われる。
経済学者シュンペーターは『経済発展の理論』のなかで、郵便馬車をいくら連ねても、それで鉄道が得られるわけではない、と述べた。経済の発展は、いまあるものを積み増すことからではなく、新しい組み合わせから生まれる。本書第4章では、シュンペーターが「良き争い」の必要性を別の言葉で示した人物だと位置づけ、創造的破壊によって産業に起きる「消滅」「再編」「新生」を描いた。そのうえで、まさに自動車産業を取り上げ、自動車産業の中で「消滅する領域」「再編される領域」「新生する領域」を一つずつ見ていった。中国勢の攻勢も、この3つの領域に分けて見ると、どこが脅威で、どこが日本勢の機会なのかが見えてくる。
いまの自動車産業で変わろうとしているのは、エンジンか電池かという動力源だけではない。小鵬汽車はパリの会場を「フィジカルAIミュージアム」と名づけ、車と並べて人型ロボットや空飛ぶクルマまで展示する計画だ。零跑汽車は、欧州の大手と組んで海外へ出る。開発の速さ、ソフトウェア、提携の組み方まで含めて、車づくりの組み合わせそのものが変わり始めている。

