プロメテウスが渡した「物理の火」
ヘーパイストスが火と金属を扱う神であったことは、偶然ではない。火は、物を造る力そのものだったからだ。
本書の第1章で書いたように、火は元来、神々のものだった。プロメテウスはそれを茴香の茎に隠して持ち出し、人間に渡した。火を手にした人間は、暗闇から解放され、寒さから守られ、金属を鍛え、土器を焼くようになった。『縛られたプロメテウス』のなかで、プロメテウスは、牛や馬を軛につないで人間の重い労苦を肩代わりさせる術や、海を渡る船の術も、人間に与えたと語っている。人間は、自分の身体だけではできなかった仕事を、技術によってできるようになったのである。
本書では、21世紀の私たちが、これに匹敵する2つの火を手にしたと書いた。言語や画像を扱う生成AIという「情報の火」と、物理世界を認識し、判断し、行動するフィジカルAIという「物理の火」である。そして本書は、この「物理の火」の領域で、中国が躍進していると論じた。人の姿をしたヒューマノイドは、その物理の火が、私たちの目に最も見えやすい形で現れた存在である。
「黄金の侍女と三脚台」の意味
『イリアス』の第18歌で、物語はヘーパイストスの工房の中へ入っていく。英雄アキレウスの母である女神テティスが、息子のための武具を頼みに、工房を訪ねる場面である。
テティスが着いたとき、ヘーパイストスは、20もの三脚台を造っていた。その脚には黄金の車輪が取りつけられ、自ら神々の集いへと動いていき、また自ら戻ってくるように造られていた。
そして、客を迎えるために立ち上がった鍛冶の神の歩みを支えたのは、黄金で造られた侍女たちだった。生きた乙女に似た姿をしていて、胸のうちには理解する心があり、声と力を持ち、仕事の技を身につけていた。足の不自由な神の身体を、自ら考えて動く機械が支えていたのである。
黄金の侍女は、プロメテウスの物語に登場するわけではない。しかし、プロメテウスに鎖を打った同じ神の工房に、このような働き手がいたことは興味深い。人間に似た形をしたものに、理解する力と、働く力を持たせたい。その願いは、2700年ほど前に歌われた工房の物語に、すでに描かれていた。神話が現代の技術を予言していたわけではない。人間が機械に求めてきたものが、古代から変わっていないのである。
しかも、その工房には、人の形をした侍女と、車輪で動く三脚台の両方があった。この点が、次の問いへの手掛かりになる。

