「おいしくなったか?」に責任者は意外な返答
今年10月6日から「金麦」が生まれ変わります。これまで発泡酒(新ジャンル)というカテゴリーでしたが、麦芽比率を引き上げてビール化します。
私がビールになった金麦の完成品を初めて飲んだのは、7月に丸ビルで開催した体験イベントの数日前でした。試飲したときの感想はこうです。
鳥井信宏(Nobuhiro Torii)
1966年、大阪府出身。91年米ブランダイス大学大学院を修了。 97年サントリー入社。「ザ・プレミアム・モルツ」の戦略部長な どを経て、2011年サントリー食品インターナショナル(現・サン トリービバレッジ&フード)社長、16年サントリーホールディン グス副社長。25年3月から現職。
「おいしくなったとは、よう言わんな」
誤解されそうな表現ですが、実はこれは最高の褒め言葉です。
金麦はもともとおいしい発泡酒です。それゆえ製法が変わって味がガラリと変わってしまうことを心配していました。しかし飲んでみると、金麦らしいおいしさはそのままだった。いい意味で変化がないことにホッと胸をなでおろしていたからこその感想でした。
従来の金麦は麦芽の使用比率が50%未満で、スピリッツを加えていました。スピリッツが入るとすっきりとした後味になります。金麦は、そのすっきり感がお客様に愛されていました。
一方、ビールは麦芽の使用比率50%以上が条件で、スピリッツは使えません。麦芽が増えると、穀物由来のうまみとコクが増します。そのうまみとコクがいわゆるビールらしさにつながるのですが、コクだけが立つとバランスが崩れて、すっきり感が消えかねません。そうなると金麦の味が好きで買ってくださっていたお客様が離れるおそれがあります。金麦らしいすっきり感が損なわれないように、いかにビールらしさを両立させるか。新しい金麦は、その難題に挑戦したわけです。
開発部隊は、この挑戦に見事に成功したと思います。前任のビール開発生産部門の責任者に「おいしくなったか」と尋ねたら、「おいしくなりました。でも、前もおいしかったし、味は変わってません」。まるで禅問答ですが、私もまったく同じ感想です。ビールらしさは確実に増していますが、変わっていないといえば変わっていない。狙い通りです。
私たちにとって金麦は大事なブランドです。サントリーはウイスキーをはじめさまざまな種類のお酒を扱っています。その中でもお客様との接点が多いのがビールです。
約20年前に「ザ・プレミアム・モルツ(プレモル)」がプレミアムビール市場でトップになったときがありました。その後に「角ハイボール」の提案を開始しましたが、「ザ・プレミアム・モルツ」の導入店が増えていたこともあり、「角ハイボール」を提案しやすかった。ハイボールムーブメントが起きたのは、ビールで多くのお店とつながっていたからだと言ってもいい。ビール事業は単体でも大きいですが、他の商品への波及効果を考えると、なおのこと大事にしなければいけません。
サントリーのビールブランドの中で最大ボリュームなのが金麦です。発売は2007年。今のジェンダー観とはマッチしていないかもしれませんが、檀れいさんが夫の帰りを待つ妻の役で「金麦と待ってる!」と叫ぶCMは強烈なインパクトがあって、お客様に一気に認知されました。その後、時代に合わせて表現は変わり、ビール化前のコピーは「帰れば金麦」に。ただ、日々家で飲むのに一番ふさわしいビール類というコンセプトは変わらず、今も多くのお客様に愛され続けています。
金麦は発泡酒を代表するブランドとして定着していたのに、なぜビール化という大胆な挑戦をすることになったのか。
背景にあるのは酒税改正です。もともと発泡酒や新ジャンルは、お客様にお求めいただきやすい価格でお届けしたいという思いで生まれたカテゴリーです。しかし、これまで2回の改正で、ビールとの価格差が段階的に縮小。今年10月からは税率が一本化され、ビールと発泡酒(新ジャンル)は同じ税率になります。
前回の改正では、新ジャンルが発泡酒と同じ税率となり、実質的な増税の影響で、ハイボールなどRTDにお客様が流れました。アゲインストが吹く中、金麦はよく頑張ったと思います。
今回の改正も発泡酒には逆風で、「ビールと税率差がないなら」とビールを選ぶお客様や、節約志向でRTDに切り替えるお客様がいるかもしれません。発泡酒が時代遅れのカテゴリーになりかねない状況です。
「自社さえよければ」がビール業界をダメにする
実はビールは装置産業であり、たくさんつくらないと設備投資を回収できません。経営の観点から言うと、最大ボリュームのものに力を入れるのは当然です。一方、チャンスが広がるビールカテゴリーで新しいブランドを立ち上げるのは難しい。ならば私たちの一番強いブランドである金麦をビールにしたほうがいいのではないか。誰ともなく社内にそうした認識が広がっていて、25年9月にビール化することを発表しました。酒税改正まで時間がない中で、開発部隊はよく頑張って新しい金麦をつくってくれました。ただ、頑張ってくれたのは開発生産部門だけではありません。マーケティングは、新しくなることを1年以上前から告知。新しいラベルも早く発表して、既存のお客様に違和感なく馴染んでいただけるよう工夫しています。
営業も頑張りました。酒税改正前には必ず仮需要(駆け込み需要)が発生します。流通もそれを見込んでたくさん発注してくれますが、要望通りにお渡しして余ったら困ります。かといって品薄になるのもご迷惑をかける。仮需要を見極めて適切に供給するのが営業の腕の見せどころで、お盆明けから奔走していました。
サントリーは国内ビール類市場でシェア25%を目指しています。金麦のビール化は、そこに向けた一世一代の勝負。社員はその重要性をよく理解しています。それに、もともとうちの社員はお祭り好きが多い。このビッグチャレンジを成功させようと、一丸となって燃えているところだと思います。
新しい金麦がどれだけ売れるのかは蓋を開けるまでわかりませんが、他のビールブランドに流れる心配はあまりしていません。あるコンビニさんのデータですが、ビールを買うお客様の約7割は銘柄の指名買いだとか。もともと金麦を買っているお客様は、発泡酒だろうとビールだろうと選んでくださる可能性が高いと考えています。一部には、「ザ・プレミアム・モルツ」「サントリー生ビール」といった他のブランドと売り上げを相殺し合うのではないかという声もあります。そこも私は心配していません。それぞれコンセプトや味がまったく違いますから。
私がもっとも好きなビールは神泡店のプレモルです。自社のビールを褒めちぎるのはお恥ずかしいかぎりですが、あの香りとボディはビールの一番おいしい姿なんじゃないかと。ただ、新幹線に乗るときは、迷わず金麦を買います。ポテトチップスや「カズチー」とよく合って、今日も一日よく頑張ったなと思えるのです。
好きなブランドばかり飲むお客様もいれば、私と同じように場面で飲み分けるお客様もいるでしょう。いずれにしても味わいの違う複数のレパートリーがあることが大切で、シェア25%を目指すうえでもそれが欠かせない条件だと考えています。
酒類市場はアルコール換算で微減が続いています。ビール総市場も5億ケース以上あったのが、3億ケース超の規模まで減っています。かつてはシェア10%で5000万ケースと言っていましたが、市場が縮小した今では、シェアが20%になったとしても6000万ケース台にとどまります。
シェア拡大はもちろん重要ですが、かといって、自社のビールだけ売ればいいと言うつもりはありません。自戒を込めて言いますが、これまでビール各社は自分たちのビールがかわいくて、ビール市場全体を盛り上げる努力が足りなかった。本当は「ビールってこんなに楽しいものだ」と魅力を伝えるべきです。
たとえばビールは上を向いて飲むと飲みやすいことをご存じですか。下を向いて飲むと舌が長く当たって苦みを強めに感じます。苦みが苦手で敬遠していた人は、飲み方を少し工夫するだけでおいしく感じられる可能性がある。そういった情報も積極的に発信したほうがいい。
今回の金麦ビール化も、これまでビールをあまり飲まなかった方がビールの魅力に気づくきっかけになればいい。それだけの可能性を秘めたビールだと自負しています。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月16日号)の一部を再編集したものです。
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