食べ放題をブームで終わらせたくはなかった

焼肉きんぐは、2020年代に入ってから焼肉チェーンで売上日本一になりました。直前に何か手を打ったわけではありません。やるべきことを積み重ねていった結果、という認識です。

加藤央之
物語コーポレーション 社長
加藤央之 Hisayuki Kato

1986年、愛知県生まれ。2009年に物語コーポレーション入社。 お好み焼本舗の店長を経験後、事業部長、業態開発本部本部 長などを経て、20年9月より代表取締役社長。

私たち物語コーポレーションは焼肉きんぐのほかにも丸源ラーメンなどさまざまな業態を展開しています。焼肉きんぐの出店数は年間20店舗前後でした。集中投資をしていたら、出店数をもっと増やすことは可能でした。

そうしなかったのは、焼肉食べ放題を流行り廃りのある業態だととらえていなかったからです。流行りのビジネスならブームのうちに集中投資をして回収する戦略が正解だと思います。しかし私たちは郊外ロードサイドの飲食ビジネスを着実に伸ばすことを目指し、慌てて出店することはしませんでした。

一つひとつ積み重ねていくうちにやってきたのがコロナ禍です。外食全体が厳しい状況になるなか、私たちは準備してきた強みを活かせる位置にいて、結果として1位になったわけです。

なぜ焼肉きんぐはコロナ禍で有利な位置にいたのか。実は郊外ロードサイドであることが助けになりました。競合は駅前や繁華街の出店が多く、ターゲットは焼肉と一緒にお酒を楽しむ層。外でお酒を楽しむ機会が減ったことで、厳しい局面を迎えていたようです。

一方、郊外ロードサイドのターゲットはファミリー層であり、お酒より食事が目的です。いつも家で一緒に過ごしている家族との食事という位置づけだったため、控える対象になりにくかった。同じ焼肉チェーンでも、お客様の層が違っていたために状況が大きく変わったと分析しています。

1位になった背景には外的な環境変化もありましたが、私たちが何か一発逆転の施策をしたわけではありません。むしろ大切なのは、トップに立った後に何をするかです。売上こそ1位になったものの、認知度では競合に水を開けられていました。競合は駅前に小型店が多く、目にする機会も多い。一方、焼肉きんぐは郊外の大型店で、店舗数が少ないため、当時の認知度は50%程度でした。

その差を埋めるために、私たちはコロナ禍でCMを大量に打ちました。マーケティングの費用は従来の3倍です。さらに新規出店も重ね、既存店の改装にも力を入れました。逆張りで攻めの投資をしたのです。

普通なら社内から攻めの投資を不安視する声が上がるところですが、「売上ナンバーワンになった今のタイミングで攻めなければ、いつ攻めるのか」というムードがありました。おかげで現在は認知度が競合に肉薄するところまできています。今振り返っても、いい意思決定だったと思います。

成長には大マーケットと無数の細かい改善が必要

さて、コロナ禍という環境変化が大きかったものの、そもそも私たち自身が成長していなければ売上ナンバーワンにはなれません。

(構成=村上 敬 撮影=小西範和)

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