「人間の形である必要はない」は、どこまで正しいか
ヒューマノイドに対しては、「そもそも人間の形をする必要はないではないか」という声も根強い。この疑問には、正面から答えておきたい。
決まった位置で、同じ作業を、高速かつ高い精度で繰り返す。そうした仕事なら、専用の産業ロボットのほうが適している場面は多い。日本が得意としてきたのは、まさにこの領域である。ヒューマノイドが、あらゆる機械を置き換えるわけではない。
しかし、人間のために造られた通路、棚、作業台、道具が残る現場で、いくつもの種類の仕事をこなしたい場合はどうだろうか。そのときに比べるべきなのは、ロボット単体の性能だけではない。ロボットのために設備をどこまで造り替える必要があるか。新しい仕事を覚えさせる負担がどれだけあるか。それらを含めた総合的な費用である。
「ダンスではなく、働く事業をしている」
独BMWは、ライプツィヒ工場で、スイスのヘキサゴン・ロボティクスが開発した「AEON」の試験導入を進めている。人に似た上半身を持ちながら、移動には車輪を使う機体である。高電圧電池の組み立てなどで試している。開発を率いる責任者は、「私たちはダンスの事業ではなく、働く事業をしている」と語った。BMWは2025年にも、米国の工場で別のヒューマノイドを試し、3万台を超える車の生産を支えている。
人の形をした上半身と、車輪で動く下半身。それは、鍛冶の神の工房にいた黄金の侍女と、黄金の車輪の三脚台を、一つの機体にまとめたようにも見える。問うべきなのは、人間の形が正しいかどうかではない。どの身体なら、その現場の仕事を、安全に、確実に、採算の合う形で担えるかである。

