日本そばチェーン「ゆで太郎」が急成長を遂げている。現在、約230店舗を展開しており、これは業界2位の2倍以上の店舗数だ。なぜ急成長できたのか。そこには、勤めていた弁当チェーン店の取締役を辞め、新たな道を切り拓いてきた「ゆで太郎」を率いる池田智昭社長のこだわりがあった。フリージャーナリストの前屋毅さんが聞いた――。(第2回/全3回)

のり弁に感動し「ほっかほっか亭」に入社

そばチェーン店のゆで太郎は業界トップの店舗数を誇っている。業界2位の「名代 富士そば」が約100店舗なのに対し、ゆで太郎は約230店舗と富士そばの倍以上の店舗を展開している(2026年4月時点)。

なぜ、ゆで太郎はここまで急成長できたのか。ゆで太郎システムの池田智昭社長は「よくある“立ち食いそば店”を目指さなかったからだ」と語る。そばチェーンで業界トップとなったゆで太郎は、どのように誕生したのだろうか。実は、池田社長のキャリアはそば店ではなく「持ち帰り弁当」から始まっている。

1957年生まれの池田社長は、大学時代には教員を目指していた。明治大学文学部に進学し、4年生の7月には教育実習に行くのだが、そこで「自分には合わない」と教員に見切りをつけてしまう。そこから民間企業に就職するための活動、いわゆる「就活」を開始する。いまなら遅すぎるスタートなのだが、当時としては遅すぎることはなかった。いまにくらべれば、かなり緩かったといえる。

池田社長が志望したのは、そのころ人気が高まってきていたファミリーレストラン(ファミレス)だった。志望の理由は、「食べるのが好きだった」からだそうだ。

そのままファミレスに就職していれば、いまごろ池田社長はファミレス界の有名経営者になっていたかもしれない。しかし池田社長が選んだのは、ファミレスではなく持ち帰り弁当チェーンの「ほっかほっか亭」だった。

ゆで太郎システムの本社で取材を受ける池田智昭社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
ゆで太郎システムの本社で取材を受ける池田智昭社長

「のり弁を食べちゃったんですよ。大学の先輩から電話がかかってきて、『ほっかほっか亭を知ってるか』と言うから『知らない』と答えると、『めちゃくちゃ売れているらしいから行ってみないか』と誘われて行ってみました。そこでのり弁とみそ汁を食べて感動しちゃったんですよ」