組織の中で、あなたはどれだけ忖度しているのか?忖度の正体に迫りながら、自分の行動傾向を把握しよう。

金融危機の不況下で「忖度」が劇的に変わった

なぜ日本企業は忖度する文化になったのか?会社で正しく「空気を読む」方法

「わざわざ言わなくともわかるでしょう?」――かつて日本の企業社会は、この言葉に代表されるような空気に支配されていました。

1950年代半ばに始まった高度経済成長期から、バブルが崩壊した90年代初めごろまで、特に大企業は、大卒の男性正社員を中心とした極めて同質性の高い集団でした。86年の男女雇用機会均等法施行以降、女性総合職がそこに加わり始めましたが、その変化は緩やかなものでした。

こうした同質性の高い環境では、お互いの価値観が通じ合っているという前提のもと、冒頭に記したような「いちいち説明しなくてもわかりあえる」という文化が成立していました。上司の意向に沿って行動することや、言葉にされない期待を察知して動くことは、組織を円滑に運営するための当然の作法。「忖度する」という言葉をわざわざ意識することすらないほど、それは日常に溶け込んだ行為だったのです。

しかし、この状況は90年代後半に大きく変わります。バブル崩壊後、とりわけ97年から98年にかけての金融危機を経て、日本企業は徹底したコストダウン経営へと舵を切りました。

企業が導入したのは、リストラによる人員削減、正社員の採用抑制と非正規雇用への置き換え、そして能力主義的人事制度でした。ただし、この能力主義は本来の意味での能力開発や適材適所を目指すものではなく、人件費削減のための手段として機能しました。これを私は「エセ能力主義人事」と呼んでいます。金融危機後の不況下では、7割もの社員が減給となった企業が続出しました。

こうした環境で、社員たちの意識は大きく変わっていきます。「うちの会社は減点主義になった。それに基づく『脅しの経営』が強まっている」――。そのような不安のもとでは、自己防衛本能が働くのは当然です。上司が本当のところ何を考えているのか、マイナス評価を得ないためにはどう振る舞うべきか。部下たちは上司の意向を忖度し、先回りして考えるようになりました。極めてネガティブな意味での「忖度する」文化が、こうして日本の職場に広がっていったと思います。

今は起業家として活躍する経営者が、経営コンサルタント時代のこんな体験を教えてくれました。ある大企業でコンサルティングを行ったときのことです。彼が「課題」という言葉を使うと、担当者たちが例外なく嫌な顔をしたと言うのです。理由を尋ねると、「『課題』の存在を認めると、問題を認識しながら放置していると経営陣に受け止められかねず、人事評価に悪影響が及びます。なので、『検討すべき事項』とおっしゃってください。私たちも社内ではそのように言っています」という答えが返ってきたそうです。

言葉遣いひとつとっても、このように屈折してしまう。これが減点主義と脅しの経営が生み出した、自己防衛的な「忖度する」文化の姿です。金融危機後の「失われた30年」の間に、このネガティブな文化は多くの日本企業に深く根を下ろしてしまいました。

最近になってようやく、こうした風土にも変化の兆しが見え始めました。きっかけは、コロナ禍の収束以降に顕在化した、深刻な人手不足です。特に大学新卒者の奪い合いが激化する中、これまでのような「人はコストだから、できる限り削減する」という発想では、もはや企業が成り立たなくなってきたのです。

コストダウン一辺倒だった企業は方針を転換し始め、これまでとは違う前向きな賃金制度を導入しようという機運も高まっています。労働生産性、特に知的生産における生産性を上げるには、社員がいかにハッピーであるか、いかにやる気を持って仕事に取り組めているかが重要だという認識が、経営側にも広まってきました。役員や企業幹部の査定において、部下のエンゲージメントの向上を評価指標とする企業も出てきています。