悪意ある書き込みやデータの持ち出しまで
「リベンジ退職」という言葉がSNSなどを中心によく聞かれるようになりました。退職時に会社への不満をぶつけ、あえて損害を与えるような行為のことです。
繁忙期に突然辞めたり、引き継ぎを拒んだり、重要なデータを削除してしまったり、SNSや転職サイトに内部情報や職場の悪口を書き込むケースもあります。
私は労務問題を専門のひとつとする弁護士で、退職に関して労使双方から相談を受けてきました。メディアから「リベンジ退職は増えていますか」と聞かれることもありますが、私はこの現象を「新しい問題」とは捉えていません。
退職する人は現在の職場に多少なりとも不満を抱えているものなので、昔からトラブルはありました。ただ、近年はSNSや転職サイトなどへの悪意のある書き込みや、自分が作成したデータの削除、USBメモリーによるデータの持ち出しなど、報復行動を容易にする環境やツールが増えたことで、目に見える形になったのだと思います。
多くの場合、本人に強い悪意はありません。「ちょっとした憂さ晴らしだった」「自分が作ったデータだから“盗んだ”わけではない」と考える人も少なくないでしょう。けれども、その「ちょっとした憂さ晴らし」が、会社にとっては大きな損害を生むことがあります。
業務データを消せば納期や顧客対応に支障が出ますし、SNSで炎上すれば企業の信用は一瞬で揺らぎます。退職するのは労働者の権利ですが、その過程で企業との信頼関係が断たれると、問題は複雑になります。現実的な対応としては、法律でできることとできないことを切り分けるところから始まります。
まず、退職そのものは止められません。期間の定めがない雇用であれば、退職の意思表示から原則2週間で契約は終了します。引き継ぎ未了や繁忙を理由に時期を遅らせたり、有給休暇の取得を妨げたりはできません。会社ができるのは、あくまで「交渉」と「お願い」に限られます。
経営者には突然の退職が「裏切り」に映るかもしれませんが、従業員には職場を去る自由があります。この「権利と感情のズレ」が、リベンジ退職をめぐる混乱の温床になっているのです。
発信行為への対応は性質が異なります。SNSや転職サイトでの発信であっても、虚偽や権利侵害が疑われる場合は発信者情報開示請求を通じて投稿者を特定し、削除請求や損害賠償請求ができるケースもあります。ただし、感情的な反論や従業員への報復的措置は逆効果です。炎上を拡大させるだけでなく、社内の信頼をさらに損なうことにもなりかねません。
データの削除や持ち出しは、さらに深刻です。営業秘密の不正取得や業務妨害に当たる余地があり、被害が大きければ刑事事件として警察が動く可能性があります。
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