失敗を責める前に認知のプロセスを見る
多くの職場には「どうして彼/彼女はいつも同じところでつまずくのだろう」と思われている人がいます。報連相がうまくいかない、状況の読み取りに時間がかかる、指示を受けても意図とは違う方向へ進んでしまう――。
こうした人はしばしば「性格に問題がある」「やる気が欠如している」と評価されてしまいます。
ですが、外側に見える行動を自分にとっての「当たり前」で解釈し、判断することには慎重であるべきです。その背景には、自分にとっての「当たり前」では測れないことがあるかもしれないからです。 脳の働き方には、人それぞれに違いがあります。発達障害の診断を受けている人や、発達特性がある人は、その特徴が日常生活や仕事上で困難として表れやすい一例といえます。
メンタルヘルスの現場では「発達障害か、そうでないか」という二分ではなく「スペクトラム」というグラデーションのような連続体としてとらえます。誰もがそのグラデーションの内にいますから、自分もその特性に心当たりがあっても何ら不思議はありません。障害をできるだけ特別視しない意図で、以降本稿では「発達障害」ではなく「発達特性」と表現します。
近年のビジネスシーンは、マルチタスクや高速な情報処理、利害関係が複雑に入り組んだ調整業務が増えており、発達特性が表れやすい環境になっています。これまで比較的安定して業務に取り組んでいた人でも、業務内容や環境の変化によって戸惑いや難しさを感じることが少なくありません。職場で見られるトラブルの多くは、本人の努力不足でも性格上の問題でもなく、脳の働き方の特徴と業務の構造が噛み合っていないことが原因かもしれません。
たとえば「注意のコントロール」には必要な情報に焦点を当てたり、注意を切り替えたり、分配する働きがあり、前頭前野を中心とする脳内ネットワークが関わっています。この調整がうまくいかないと、周囲の刺激に気を取られやすくなったり、同時進行の作業で注意が分散して混乱しやすくなります。
また「ワーキングメモリ(作業記憶)」も、職場でのつまずきに直結する機能です。ワーキングメモリは、頭の中で情報を保持しつつ、それを同時に操作・更新する「頭の中の作業机」のような働きをします。この力が十分に発揮できないと、本人は聴いているつもりでも、重要な情報の一部が抜けて、指示と違うことをしてしまうという事態が生じます。
さらに、仕事のやりやすさや対人関係に影響を与えやすいのが「潜在的了解の困難」です。これは「はっきりしないものを直観的に想像したり、推測する」のが苦手な特性です。「はっきりしないこと」とは、相手の表情や態度から感情や意図を読み取ったり、物事の全体の文脈や概要、曖昧な状況、見通しを把握するといったことなどです。上司の指示に曖昧な部分があると、要点や意図にうまく見当をつけられず、動けなくなってしまうわけです。
日常生活の中には、明確な答えがない事柄や曖昧な状況を、直観的な想像力や推測の力によって理解しなければならない場面が数多く存在します。対人関係において、この能力は「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれます。相手の意図や感情を瞬時に推し量ることで摩擦や誤解を回避する、極めて重要な社会的スキルです。また、自分の発言が相手にどのように受け取られるかを予測しながらやり取りするのも、この能力の一部と言えるでしょう。
さて、私たちが職場で目にしているその人の言動は、最も外側に表れた「現象」です。報連相が滞る、説明が噛み合わない、状況把握に時間がかかるといった「現象」は特性そのものではなく、特性によって生じた「結果」としての状況なのです。 人材を活かすには、表の「現象」だけに目を奪われずに、その言動の背後にある脳の働き方の特徴を踏まえて、やり方を工夫したり環境を調整する視点が欠かせません。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント

