権力やお金も「空気」で成立している
仕事でもプライベートでも、私たちは常に周囲の「空気」を気にしながら生きています。なぜ私たちは、これほどまでに空気に影響されるのでしょうか。そして、この空気とは一体何なのでしょうか。
この問いを考えるうえで参考になるのが、アンデルセンの有名な童話「裸の王様」です。詐欺師の仕立屋に「愚か者や地位にふさわしくない者の目には見えない服」を着せられた王様は、愚か者だと思われたくないため、その服が「見えない」とは言えません。周囲の大人たちも王様は裸だと思いながら、周囲が黙っているのを見て、自分も口をつぐみます。「見えない自分の目がおかしいのではないか?」「周りの人には本当に服が見えているのかも……」と各自が思いながらも、その不安を発信できないのです。
自分の見ているものに確信を持てず、「自分だけが他と違う考えを持っているのではないか」と各自が同時にばらばらに思う。そのような状態を社会心理学では「集合的無知」と呼びます。そうなると、はじめに出た意見が注目されて、反対意見を言いにくくなります。重要なのは、周囲の沈黙に合わせて黙ることが、周囲をいっそう黙らせる圧力になるという点です。そうして、さらに沈黙が広がっていく現象が「沈黙の螺旋」です。少数派はますます意見を表明できなくなり、多数派の意見は目立って、実際以上に大勢から支持されているように見えます。
このように、自分が周囲と同じふるまいをすることで、それが周囲にも拡大して相互的な循環になるメカニズム――。それがいわゆる「空気」の正体なのではないでしょうか。
「裸の王様」でこの悪循環のプロセスを打ち破ったのは、1人の無邪気な子どもの「王様は裸だ!」という一言でした。無邪気とは、文字どおり、空気を読まない素朴さのことです。空気を読まないからこそ、本当のことを言ってしまう。その結果、誰もが内心では裸だと思っていたにもかかわらず黙っていた状況が破られました。
実は、権力やお金も空気がつくっていると言えるかもしれません。権力者に権力があるのは、周囲が従っているからです。もし誰も従わなければ、権力者は権力を失います。周囲から「この人には権力がない」「この人はもう終わりだ」と思われるようになった政治家は、だんだんその認識が広がって失墜していきます。また、お金に価値があるのは、みんなが使っているからです。もし誰も使わなければ、お金は単なる紙切れにすぎません。空気が自明のものとして固まっていくと、それは「常識」になっていくのです。
おいしくない店にもなぜか行列ができる理由
このような空気は、どのようにして生まれるのでしょうか。それは人が周囲に「同調」することから始まります。同調とは、「他者や集団からの影響により、人の行動や意見が変化すること」です。
社会的な影響を受けて同調が起きるパターンは大きく2つあります。ひとつは「規範的影響」です。これは、自分だけが逸脱すると周りから罰を受ける可能性があるために従うというものです。罰の内容は、周囲からの非難、疎外、暴力など、さまざまなものがあります。
たとえば、ある組織で始業時刻の20分前に出社することが暗黙のルールになっているとします。このルールについて、個々のメンバーは内心では望ましくないと思っているかもしれません。しかし、「自分だけが始業時刻に出社すると、周りから白い目で見られるかもしれない」という恐れから、そのルールに従ってしまうのです。
人はすぐに同調するわけではなく、葛藤を経て内面的に合理化していきます。たとえば、囚人は刑務官の命令に対して、最初は表面的に服従しているだけかもしれませんが、納得したほうが楽なので、徐々に内面的にも同調していきます。表面的な服従と内面的な同調は、連続線上にあると言えます。
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