産業の国外逃避が進む中、ダメージは大きい

さて、ここで気になるのは、いったいこのニュースが米国ではどのように取り上げられたのかということだ。過去に日本企業が中国で襲撃される事件が何度かあったが、言ってみれば、それと同じことがドイツで、米国企業、それも米国の看板企業の一つに対して起こったわけだ。米国人としては、マスク氏を好きか嫌いかにかかわらず、いい気分はしないだろう。

つまり、ドイツにとっての今回の真の被害は、内外の企業が、前にも増して投資を控えるようになることだ。現在、独米関係はさほど良好とはいえず、ドイツはEUでも次第に孤立し始めている。しかも、エネルギー政策の失敗で電気代が高騰し、そうでなくても産業の国外逃避が進んでいるのに、このような理不尽なインフラ攻撃まで起こるとなると、ドイツの産業立地としての価値は暴落だ。これは特殊な極左のやったことだなどという言い訳は通用しない。

ただ、産業立地としてのドイツの価値を下げている責任は、実はドイツ政府にもある。ドイツの政治は、メルケル前首相の権力が盤石になり始めた2011年ごろからどんどん左傾化し、21年にその後継として政権に就いた現ショルツ政権で、完全に左翼政権となった。

緑の党を制御できないショルツ政権

中でも政権内で過剰な権力を手にしているのが、元来、反産業、反科学の緑の党だ。電気の安全調達も確保しないまま、最後の頼みの綱であった原発を止めてしまったのは、戦後ドイツのエネルギー政策の最大の汚点だったが、それさえ彼らはいまだに快挙と見なしている。投資が遠のくのは当然の帰結だ。

そんな左翼政権であるから、今回のテスラの放火事件についても極めて歯切れが悪い。無理矢理EVを推進してきた政府としては、これまで自分たちの別働隊として結構重宝していた極左グループの一つが羽目を外し、善玉であるはずのEV工場に攻撃を仕掛けてしまったことに戸惑っている。

これがもし、極右による犯行であったなら、“民主主義の危機”とか、“ナチ台頭の脅威”とか、上を下への大騒ぎにできただろうが、今回は、第一報が出たきりで、犯人や犯行についてのコメントもほとんどない。その代わりに、“重要インフラの保護が十分であったか”とか、“そもそも重要インフラを完全に保護することは可能であるか”などという方向に論点が逸らされている。問題は過激派の犯罪ではなく、攻撃に弱い設備であると言わんばかりだ。

筆者撮影
ドイツ・ベルリン郊外にあるテスラのギガファクトリー。15日に環境保護団体によって送電塔が放火され生産がストップしていたが、現在は再稼働している(3月20日)