「製品そのもの」で勝負すべき
昭和40年代に松下電器の生産技術研究所が、部品自動挿入機械の「パナサート」を開発した。その10年後、これを他のメーカーに売るかどうかが役員会でとりあげられた。独自に開発した生産機械を、競争メーカーに売る必要があるかどうかということである。
そのとき、幸之助はつぎのように言った。
「生産機械は確かに大切だが、松下はあくまでもできあがった製品そのもので勝負すべきだ。それにこの機械をよそのメーカーさんにも使ってもらい、いろいろと批判していただければ、もっといいものができるだろう」
結局、外部へ売ってもよいという結論になり、パナサートは他のメーカーでも使われるようになった。
当時、競争メーカーに松下製の部品を売ることにひっかかりを感じていた営業社員たちも、この言葉を伝え聞いて胸のつかえのとれる思いがし、営業に打ち込むことができるようになったという。
「基本の性能」を落としてはいけない
ラジオがどんどん小型になり、その競争が激しく展開されていたころの話である。ラジオ事業部の事業部長と技術責任者が、開発中の超薄型ラジオを持って幸之助を訪ねた。ラジオの大きさは名刺の2倍くらいであったが、厚みが1センチもなかった。
幸之助は、それを手に取り、「これはいいな。これだったら100万台以上売れるな」と言いながら、スイッチを入れた。音楽が鳴りだしたが、音があまりよくなかった。
「きみ、音がよくないな」
「はい、なにぶんスピーカーを薄くしなければなりませんから。これはしかたがないんです」
幸之助の顔色が変わった。
「あのな、ラジオというものはな、音を聴くもんや。スピーカーを薄くしたのは松下電器やが、そのために音が割れたり、悪くなるというのはお客さんに関係ないことや。基本の性能を落としたらなんにもならん。われわれが大事なのは、どこまでも、ラジオを楽しみたい人に満足を与えることなんや」