2022年2月、ロシア軍はウクライナ・キーウ近郊のアントノフ国際空港を急襲占領した。しかし、空挺部隊は地上軍の救援を受けられず潰滅した。現代史家の大木毅さんは「生煮えの状態で強行され、失敗に終わった空挺作戦の例は戦史に少なくない。世界の軍事筋を驚かせたドイツ軍のクレタ島作戦も、同じような結末だった」という。大木さんの新著『勝敗の構造 第二次大戦を決した用兵思想の激突』(祥伝社)から、両軍の共通点を紹介する――。
兵士
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エリートがそろう空挺部隊を使いこなせない

空挺くうてい作戦には華やかな印象がある。

しかしながら、長駆敵陣をくというその本質ゆえに、

空挺作戦にはおのずから危険がつきまとう。空からの奇襲によって目標を占領したとしても、敵が動揺から立ち直って反撃に出てきた場合、空挺部隊がそれらを維持するのはきわめて困難だ。

空挺部隊は、物質的には重装備を持たない軽歩兵にすぎないからである。そうして敵中に孤立するかたちになった空挺部隊のところに、味方の地上部隊が駆けつけることができればともかく、救援に失敗すれば大損害は必至となる。

二〇二二年、ウクライナ侵攻の際に、首都キーウの空港を急襲占領したロシア軍空挺部隊が、後続の空輸部隊、あるいは進撃してくる地上軍の救援を受けることなく潰滅した事例は記憶に新しいところであろう。

加えて、空挺作戦には、しばしば作戦・戦術次元のリスクがともなう。開戦劈頭の奇襲・強襲はくとして、空挺部隊が投入されるタイミングは、敵軍が敗走し、追撃戦の段階に移ったときということが多い。

かような状態ならば、敵の混乱に乗じて、通常ならば設定しにくい目標に空挺作戦を行なうことも可能となるし、降下後の「空挺堡」(空挺部隊が降下後に制圧している地域。「橋頭」の空挺部隊版と考えてもらってよい)への地上部隊の連結も容易となる。

ロシア軍とドイツ軍の共通点

だが、そうしたテンポの速い作戦は、往々にして拙速になる。予定目標の偵察や所在の敵戦力の推定も充分ではないし、投入される部隊の作戦準備に万全を期すことも難しい。

にもかかわらず、空挺部隊の指揮官、もしくは空挺部隊を有する司令官は、敢えて空からの急襲を実行したがる。逆説的なことだが、そうした追撃戦においては、巧遅を選べば、その間に地上部隊が設定された目標を占領してしまい、空挺部隊の出番がなくなってしまうがゆえである。

 かかる焦りから、生煮えの状態で強行され、失敗に終わった空挺作戦の例は戦史に少なくない。空挺作戦を成功させるには、さまざまなハードルを乗り越えねばならないのだ。それゆえ、青天の霹靂のごとく要地を奇襲できるという戦略的利点に魅せられ、人的・物的資源の最良の部分を投じて空挺部隊を編成しながら、使いこなせずに終わるということさえある。

 実は、空挺・空輸部隊が初めて独力で目標を占領し、世界の軍事筋を驚かせたドイツ軍のクレタ島作戦も、かくのごとき矛盾を抱えていた。しかもそれは、作戦の指揮を執ったクルト・シュトゥデントという歴史的個性によって、拡大されていたのである。ここでは、そのような戦略・作戦次元の問題に注目しながら、クレタ島の戦いを検討していくことにしよう。