刑事ドラマ「古畑任三郎」シリーズ(1994~2006年、フジテレビ系)は、いまでも根強く愛されている。社会学者の太田省一さんは「主演の田村正和さんは、それまで刑事役を拒み続けていて、本作が初めての刑事役となった。田村さんを惹きつけたのは、これまでの刑事ドラマとは根本的に異なる『刑事』の捉え方だった」という――。(第1回)

※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

田村正和 俳優(2003年、会見にて)
写真=時事通信フォト
田村正和 俳優(2003年、会見にて)

見ごたえのあった田村正和と桃井かおりの演技合戦

旬の人気者だけでなく、大物俳優と田村正和との演技合戦も大きな魅力だった。

第1シーズン第11話「さよなら、DJ」の犯人役は桃井かおり。桃井演じる女性は歌手で、ラジオの深夜生番組の人気DJの「おたかさん」こと中浦たか子。彼女は生放送中に、恋人を奪った付き人の女性を殺害する。

犯行は番組で「サントワマミー」が流れている数分というごく短時間のうちにおこなわれたようだが、どうすればそれは可能だったのか? 彼女への脅迫文が届いていた件で偶然ラジオ局に来ていた古畑による捜査が始まる。

この後、シリーズのなかで何度か登場する「赤い洗面器の男」の小噺(必ずオチになる前で邪魔が入ってしまうというのがパターン)が初めて出てきたり、古畑の歌声が聞けたりするという点でもファンにとってはたまらないが、やはりこの回の見どころは、田村正和と桃井かおりの競演だろう。

女性を殺す場面、まだ息のある相手に対して「痛い?」と絶妙なトーンで冷たく聞いたのがアドリブだったという話は古畑ファンの間では有名だが、それだけではない。通常の回とはちょっと違う古畑と犯人との掛け合いが見られるのが印象的だ。

古畑が答えた絶妙な返し

たとえば、番組のCM中に放送ブースに入ってきた古畑がおたかさんに疑問を投げかける。のらりくらりとかわされ、立ち去ろうとする古畑の手をつかみ無理やり引き留めるおたかさん。「アタシを疑った罰にもう少しここにいなさい」と言って、古畑を急きょリスナーからのお悩み相談のハガキに答えるゲストにしてしまう。

お悩みは、嘘を見破る秘訣を教えてほしいというもの。警部補と自己紹介した古畑は、「それが上手ければとっくに警部になってます」と絶妙の答えを返す。桃井かおり、田村正和双方が持つ洒落た持ち味が出た場面である。

最後の場面も、2人の洒脱さは健在だ。古畑に次々と証拠を突きつけられ、観念したおたかさんが「難しいのね、完全犯罪って。全力で走って損しちゃった」と苦笑混じりにぼやくと、古畑が「はいー」といかにも同情に堪えないという感じのあの笑顔で答える。このあたりはもはや、刑事と犯人というよりも、気心の知れた友人のようなリラックスした雰囲気が漂う。