シリーズ屈指の名セリフ

津川雅彦が出演した第3シーズン第5話「古い友人に会う」も忘れがたい。

津川が演じるのは古畑の小学校の同級生で小説家の安斎亨。彼の持つ長野の山荘に招待された古畑は、そこで安斎の妻が不倫をしているところを目撃する。部下の西園寺は妻が安斎を殺すつもりなのではないかと疑うが、古畑は安斎の真意を見抜く……。

この回は、倒叙ミステリーにはなっていない。その点、明らかに異質である。しかも謎解き編の前にある恒例の視聴者への呼びかけで、古畑はこう語る。「えー刑事はいつも事件が起こってから現場に現れます。だからこそ一度でいいから悲劇が起こる前に事件を解決したい。それが私たちの夢です」。

そうして古畑と安斎が対峙する最後の場面。拳銃を用意し、自ら命を絶とうとする安斎に対し、その自殺に秘められた目論見を次々に解き明かし、自殺を思いとどまらせようとする古畑。だがそれでも死ぬことを望む安斎に向かって「お察しします」と言いつつ、古畑は矢継ぎ早に言葉を投げかける。

『古畑任三郎(第1シリーズ)』
古畑任三郎(第1シリーズ)』©フジテレビジョン/共同テレビジョン

誰も死なないエンディング

「しかし、しかし、あなたは死ぬべきではない。たとえすべてを失ったとしても、我々は生き続けるべきです」「また一からやり直せばいいじゃないですか」「明日死ぬとしても、やり直しちゃいけないと誰が決めたんですかっ?」。

この言葉を受け止めながら、反発しつつも徐々に生きようと考えを改めていく様子を津川雅彦は、ほとんど顔の表情の変化のみで見事に演じている。そしていつも以上に熱く訴えかけるような田村正和の演技もまた惹きつけられる。

先ほどふれた呼びかけの場面で、古畑はこのエピソードを「実は最終回に持ってこようと思っていた」とも語っている。むろんそれは、脚本の三谷幸喜の思いでもあっただろう。

倒叙ミステリーという基本をあえて崩し、誰も死なないエンディングを提示したこの回は、『古畑任三郎』という一個の作品だけでなく、刑事ドラマというジャンルそのものへの果敢な自己批評でもあった。