刑事ドラマ「古畑任三郎」シリーズ(1994~2006年、フジテレビ系)は、いまでも根強く愛されている。社会学者の太田省一さんは「人気の要因は、豪華なキャスティングにある。それは『古畑』が冒頭から犯人を明かす倒叙スタイルだから実現できたことだった」という――。(第4回)

※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

『古畑任三郎(第1シリーズ)』©フジテレビジョン/共同テレビジョン
古畑任三郎(第1シリーズ)』©フジテレビジョン/共同テレビジョン

なぜ古畑任三郎には「上司」が出てこないのか

ドラマで事件を解決する2大ヒーローはどのような職業かと問われれば、きっと多くのひとが「探偵と刑事」と答えるに違いない。

では、探偵と刑事はどこが違うのか? やはり真っ先に思い浮かぶのは、ドラマの探偵が基本的に個人事業主であるのに対し、刑事は警察に雇用されている公務員ということだ。

だから刑事には所属部署の上司がいて、職業柄その命令は絶対である。もし従わなければ警察組織からなんらかのペナルティを受け、時と場合によっては解雇にもなりかねない。

ところが、このドラマには古畑任三郎の上司は出てこない(実はまったく出てこないわけではないのだが、それは刑事ドラマとしては特殊であり、そのことが大きな意味を持つような出方である)。

私たち視聴者が目にするのは古畑の現場への登場(他のパターンもあるが、刑事につきものの自動車ではなく自転車に乗ってののんびりとした登場はおなじみだろう)、聞き込みなどの捜査、そして最後の謎解きの場面しかない。

その間、今泉慎太郎(西村雅彦[現・西村まさ彦])や西園寺守(石井正則)などの直属の部下、さらに古畑を尊敬する(が名前をいつまでも覚えてもらえない)巡査・向島音吉(小林隆)などは登場するが、上司とのやり取りは描かれない。日本の刑事ドラマ史においてはかなり異色の存在である。

第1期の視聴率はそれほど高くはなかった

したがって、古畑任三郎はれっきとした刑事ではあるが、そのありかたにおいてはほとんど探偵に等しい。犯人との絶妙の駆け引き術(時にはちょっとした罠を仕掛ける)、そして抜群の推理力に特化した刑事である。

そこに田村正和の演技と存在感が相まって、“名探偵刑事”として燦然と輝く存在になった。アクション派でも人情派でもない、こうしたタイプの刑事の成功は、刑事ドラマ史においても珍しい。

そうした新しさもあったのか、第1シリーズの視聴率はそれほど高くはなかったものの、徐々に評判を高め、第2シリーズでは平均視聴率が20%を超えるようになった。

冴えない部下でいつもヘマをしては古畑におでこを「ペチン」と叩かれる今泉慎太郎も人気キャラとなり、スピンオフ番組『巡査今泉慎太郎』が制作されたほどだった。