日本人は「同質性が高く、空気を読みがち」とよく言われる。それは本当なのか? 近年、「古人骨のDNA解析」が進み、私たちのルーツにまつわる意外な事実がわかるようになった。分子人類学の第一人者で、国立科学博物館館長・篠田謙一氏の解説をお届けする――。
富士山と日の出と雲海
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日本人のルーツはどこまで遡れる?

人類学が定義する「日本人」とは

「日本人らしさ」について語る前に、そもそも「日本人」とは誰のことを指すのか。まずはこの定義から整理しておきましょう。

歴史学者なら、大宝律令(701年に制定された日本で最初の本格的な法典)ができて、日本という国家の枠組みが成立した後にこの国に住んだ人々のことを日本人とするでしょう。第二次世界大戦前には、朝鮮半島や台湾の人も日本人と呼んでいました。

篠田謙一(しのだ・けんいち)国立科学博物館館長。
篠田謙一(しのだ・けんいち)国立科学博物館館長。専門は分子人類学。『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(中公新書)、『新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造』(NHK出版)ほか、著書多数。

ひるがえって今、一般の方が考える「日本人らしさ」とは、明治以降の教育によって形成されたイメージに依拠しているように思われます。そこから少し遡った江戸時代には、例えば薩摩人や長州人といった地域的なグループがあるだけで、「日本人」を自認する人々はそういませんでした。

一方、私たち人類学者が考える定義はもっと広範です。日本列島に初めて入ってきた人々を起点に、それ以降、この列島に住んだ人々はすべて日本人。ただし今回は、北海道のアイヌの人々と沖縄の人々にまで視野を広げると、話が複雑になるため、主に列島の真ん中(本州・四国・九州)に住んでいた人々にフォーカスしながら、今の日本人がどのように形成されていったのかをお話ししたいと思います。

私たちとはつながらない「最初の日本人」

人類学の観点から見た「日本人らしさ」とは何なのでしょうか。大前提として、私たちはホモ・サピエンスという種ですから、どこの国の人でもDNAの99%以上は同じです。

では何が特殊なのかというと、やはり「縄文人のDNA」ということになるでしょう。今の日本人には、1万6000~3000年前の縄文時代に日本列島に住んでいた人々に由来する遺伝子が、本州の人で10~20%残っており、それが大陸の人たちと私たちを分けています。

ただし、縄文人が「最初の日本人」というわけではありません。日本列島に最初のホモ・サピエンスが入ってきたのは4万年ほど前だということが、考古学的な証拠からわかっています。ですが、最近はこの人たちは縄文人の直接の祖先ではないと考えるようになっています。

古代DNAの研究が進み、縄文人のDNAが次々と解析されるなかで、縄文人の集団が共有する祖先系統をどの時代まで遡れるかが推定できるようになりました。それを計算すると、およそ2万~3万年前になります。つまり、4万年前に日本にやってきた人々の少なくとも1万年以上後に、新規で入ってきたのが縄文人の祖先ということになります。

【図表】「日本人」の4万年の歩み

残念ながら、4万年前の「最初の日本人」については、大部分が謎に包まれています。その理由の一つは、人骨が極端に少ないからです。日本列島は基本的に土壌が酸性なので、通常の土葬では数百年もたつと人骨が完全に溶けてしまいます。雨水が浸透し、酸性の水が骨に触れることで、カルシウムが溶解してしまうのです。例外が沖縄で、全島がサンゴや貝殻由来の琉球石灰岩でできているため、骨が残りやすい。したがって日本では、縄文時代より前の旧石器時代の骨は、ほぼ沖縄からしか出土していません。

縄文人のルーツをめぐるホットな議論

本州の旧石器人がどのような人々だったのかを知る手がかりは、今後の発見に委ねられています。普通に土中に埋められた骨はおそらく残っていないので、発見されるとすれば洞窟の内部でしょう。遺跡は、何かしらの工事の最中に発見されるのが常ですが、現実問題として、洞窟を破壊するような工事は滅多にありません。しかし、いつか大きな発見があれば、そのときこそ「最初の日本人」の全容が明らかになるかもしれません。