「5年先を生きる人々」に注目するアプローチ

しかし、量的調査だけがマーケティング・リサーチの手段ではない。起業家の要求に応えようとする、新しい調査手法の模索がすでに行われている。その一つが、博報堂DYグループの社内ベンチャーとして2015年に設立されたSEEDATA(シーデータ)が提供する「トライブ・リサーチ」だ。

トライブ・リサーチにおけるトライブ(部族)とは、5年ぐらい先の社会で一般的になりそうな価値観や行動スタイルを、すでにいち早く体現している、国内外の先駆的消費者の小集団を指す。マーケティングでよく使われる“セグメント”という概念は、細分化された市場とはいえそこで事業を成立させられそうな規模の集団を想定しているが、トライブはそれよりはるかに小規模だ。

これまでリサーチの対象になったのは、たとえば以下のような「トライブ」だ。

・家事代行サービスを利用している人々のうち、単に掃除や買物といった作業だけでなく、いつ掃除するか、いつ消耗品を補充するかといった「家事を考えて組み立てること=ハウスマネジメント」をこそ外注したいと考える人々。
・コロナ禍によってリモートワーク環境が整備されたことを契機に、都心から鎌倉や逗子などの郊外へ、あるいは逆に地方から都心に移住し、自宅周辺で生活・仕事・遊びを一体化させたライフスタイルを送る人々。
・モノを所有せず、環境に優しいライフスタイルを実践するためにレンタル生活を送る中国の若者たち

すでに商品化/サービスインした事例も

トライブ・リサーチでは、国内または国外でこうしたトライブを発見し、数名を対象にその行動や意識について聞き取り調査などを行う。さらに、こうした質的調査の結果と、そこから示唆される事業機会を「トライブ・レポート」としてまとめる。有料契約をしたクライアントには年間100本ほどの新たなレポートが提供されるほか、過去の多数のトライブ・レポートを閲覧することもできる

トライブ・リサーチの利用は大手企業の間にも広がり、ヒット商品の開発や新規事業の開始などにつながっている。個々の商品名は取材先の意向で明示できないが、モノや合理性より豊かな文化を自分のライフスタイルに取り入れようとする「カルチャー・シーカー」向けのスイーツ、瞑想(メディテーション)を通じてストレス解消や集中力向上などを図る「マインドフルネス」の場を提供するサービス、OEM事業のSDGs(持続可能な開発目標)対応を強化するプロジェクトなどがその具体例だ。