これこそ「クレイジーキルト」の典型例

バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授は、起業や新規事業において、目的やゴールを随時見直しながらプロジェクトを進めていく行動を「クレイジーキルト」と呼んでいる(サラス・サラスバシー『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年、pp.115~117)。

2022年の秋冬シーズンの新作「mt ex」シリーズ
写真提供=カモ井加工紙
カモ井加工紙の「mt」ブランドのマスキングテープから、2022年の秋冬シーズンの新作「mt ex」シリーズ

クレイジーキルトとは、布を不規則に縫いつけ、刺繍ししゅうを施したりして作り上げていく観賞用のキルトである。ジグソーパズルなどのように、完成型となる図柄があらかじめ定まっているわけではない。こうしたクレイジーキルトの特徴は、起業や新規事業に求められる柔軟さに通じるところがある。

本稿では、岡山県倉敷市に本社を置く粘着テープ等の製造会社、カモ井加工紙による、おしゃれ文具の定番となったマスキングテープ「mt(エムティー)」誕生のプロセスを取り上げ、クレイジーキルトとして進行していくイノベーションのプロセスを振り返る。イノベーションをもたらす「新結合」は、なぜ、どのようにクレイジーキルトとして実現するのだろうか。

世界的にも珍しい「文具・雑貨用」のマスキングテープ

カモ井加工紙は、マスキングテープの国内トップメーカー。岡山県倉敷市に本社を置き、現在の年商は145億円である。

マスキングテープは本来、工場や建築現場などで塗料やシーリング材を塗る際、塗るべき範囲以外の場所をカバー(マスキング)するために使われる資材だ。片面に粘着剤を塗布した紙製のテープで、刃物を使わずに切ることができ、貼られたものの表面を傷つけずにきれいにがすことができる。日本では、薄い和紙を用いたマスキングテープが主流になっている。

マスキングテープの用途は長らく工業用だったが、現在のカモ井加工紙ではその売り上げの15%ほどを、文具・雑貨用が占めるようになっている。文具・雑貨用のマスキングテープは世界的にも珍しい。カモ井加工紙の文具・雑貨用途のマスキングテープ「mt」は、どのようにして誕生したのか。