これこそ「クレイジーキルト」の典型例
バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授は、起業や新規事業において、目的やゴールを随時見直しながらプロジェクトを進めていく行動を「クレイジーキルト」と呼んでいる(サラス・サラスバシー『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年、pp.115~117)。
クレイジーキルトとは、布を不規則に縫いつけ、刺繍を施したりして作り上げていく観賞用のキルトである。ジグソーパズルなどのように、完成型となる図柄があらかじめ定まっているわけではない。こうしたクレイジーキルトの特徴は、起業や新規事業に求められる柔軟さに通じるところがある。
本稿では、岡山県倉敷市に本社を置く粘着テープ等の製造会社、カモ井加工紙による、おしゃれ文具の定番となったマスキングテープ「mt(エムティー)」誕生のプロセスを取り上げ、クレイジーキルトとして進行していくイノベーションのプロセスを振り返る。イノベーションをもたらす「新結合」は、なぜ、どのようにクレイジーキルトとして実現するのだろうか。
世界的にも珍しい「文具・雑貨用」のマスキングテープ
カモ井加工紙は、マスキングテープの国内トップメーカー。岡山県倉敷市に本社を置き、現在の年商は145億円である。
マスキングテープは本来、工場や建築現場などで塗料やシーリング材を塗る際、塗るべき範囲以外の場所をカバー(マスキング)するために使われる資材だ。片面に粘着剤を塗布した紙製のテープで、刃物を使わずに切ることができ、貼られたものの表面を傷つけずにきれいに剝がすことができる。日本では、薄い和紙を用いたマスキングテープが主流になっている。
マスキングテープの用途は長らく工業用だったが、現在のカモ井加工紙ではその売り上げの15%ほどを、文具・雑貨用が占めるようになっている。文具・雑貨用のマスキングテープは世界的にも珍しい。カモ井加工紙の文具・雑貨用途のマスキングテープ「mt」は、どのようにして誕生したのか。