それは一通の「工場見学依頼メール」からはじまった
2006年の夏、カモ井加工紙本社の問い合わせ窓口に、東京の3人の女性グループから、工場見学をさせてほしいという依頼のeメールが届く。この時点では、カモ井加工紙はもっぱら工業用にマスキングテープの製造・販売を行っており、文具・雑貨としての用途があるとは夢にも思っていない。
この女性たちは、仕事ではなく趣味として、マスキングテープに夢中になっていた。彼女たちの職業はカフェのオーナーやデザイナーやアーティストであり、マスキングテープをアートの素材やカフェの値札、お菓子のラッピングや封筒の装飾などに活用していた。仕事との接点はあったとはいえ、マスキングテープでビジネスを行おうとしていたわけではなく、彼女たちの工場見学の目的も、自分たちのビジネスを広げることではなかった。
そんな彼女たちは、自分たちのマスキングテープの使い方をまとめた小冊子を作成した。すると、周囲の人々からは好評を博し、気を良くした彼女たちは第2号の作成に取りかかった。そのコンテンツのひとつとして、マスキングテープが生まれてくる工場を見学し、記事にしようと考えたのである。
前例のない申し出に当初は困惑気味
先の工場見学依頼メールに至るこうした経緯を、カモ井加工紙は当初把握していなかった。問い合わせ窓口からメールを引き継いだ本社の営業担当は、東京の人からの依頼だからと、東京支社の営業担当に対応を委ねた。しかし女性たちは工業用途のユーザーではなく、自社の営業活動の対象ではない。結局、本社総務課の高塚新氏(担当・職位は当時)がこの件を引き取り、営業担当常務の谷口幸生氏と相談しながら対応を進めることになった。
今でこそ、カモ井加工紙はファクトリーツアーなどを積極的に手がけているが、当時は技術の漏洩防止などのため、工場への部外者の立ち入りは原則として認めていなかった。女性たちに誰が対応するかを巡る迷走は、どの部署が断りの返事を出すかの押し付け合いだったのである。
カモ井加工紙だけではない。女性たちは国内の他のマスキングテープの主要メーカーにも取材依頼のメールを送っていたが、すべて断られていた。