イスラエルの社会学者が書いた書籍『母親になって後悔してる』は、日本でも大きな反響を呼んだ。母親になったことへの後悔を語る日本の女性たちを取材した、NHK記者の髙橋歩唯さんとディレクターの依田真由美さんによると、そのうちの1人は「逃げてはいけない」「絶対に責任を放棄してはいけない」と思うほど余計に追い詰められ、子どもを望む人に育ててもらうという選択肢も考えていたという――。(第3回/全3回)
※本稿は、高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)の一部を再編集したものです。
「産後うつ」だったのかもしれない
あるとき子どもを手放すことが頭に浮かび、インターネットで子どもを欲しがっている家庭との仲介団体を必死に探しました。子どもがいないときは仕事が生きがいで、夫婦すれ違い生活になろうが評価されることに嬉しさを感じていました。今はひとり取り残されているような気がしてならず、時折、仕事に行く女性を見ると、母親になったことは間違いだったのではないかと自問を繰り返している日々です。
(石川朱里さん 投稿フォームより。2022年5月)
(石川朱里さん 投稿フォームより。2022年5月)
30代後半の石川朱里さん(仮名)は、小学生になるふたりの子どもを育て、夫と4人で暮らしている。第1子の妊娠後、仕事を辞めて専業主婦になった。
第2子の出産後、結局子育てを一手に引き受けることになってしまった石川さんの心の状態は悪化していった。気分が落ち込んで、喜怒哀楽が激しくなったようにも感じた。
第2子が生まれてすぐ、保健師や助産師が自宅で様子を観察する「新生児訪問」のときのことだった。訪問した担当者が、石川さんの目が充血しているのを見て、「寝不足ですか? 産後うつということもあるから気をつけてね」と言った。
そう言われたときにはじめて、自分が「産後うつ」なのかもしれないと、はっとしました。一番すごかったのはふたり目を産んだあとで、この子たちを残して死にたいなって思っていました。ネットで「産後うつ」のチェック項目を調べたら、眠れないとか、悲しくなるとか、明らかに当てはまると感じるものばかりでした。そのときに、病院で診てもらえばまた違ったのかもしれないと今になれば思うんですが、当時は受診してみようとは考えませんでした。
「産後うつ」は、出産した人の10人に1人がなるとされている。その対策にもなるとされる産後の心身のケアは、2014年度に国のモデル事業として取り組みが始まってから注目される機会が多くなり、「産後うつ」の存在もメディアなどで取り上げられることが増えていった。石川さんが第2子を出産した2010年代半ばは、まだ国の事業が始まって間もない時期で、現在ほど認知は進んでいなかった。