「まず提供してみる」ことで顧客の新しい行動を生む

この第2のアプローチによるマーケティングの成功例の一つが、ネスレ日本がオフィス向けに展開してヒットした「ネスカフェ・アンバサダー」だ。好みの飲み方で一杯ずつコーヒーを淹れられるタイプのコーヒーマシンをオフィスに無料で貸し出し、コーヒーの入ったカートリッジの販売で稼ぐビジネスモデルで、アンバサダーと呼ばれる職場の「世話役」を買って出た人が、カートリッジの発注と集金を行うシステムになっている。

興味深いのは、ネスレ日本が綿密な市場調査や計画に基づいてこのビジネスに参入したわけではなかった点だ。当初は家庭向け事業と同様に、コーヒーマシンをオフィスに販売しようとしたが、自販機等との競合もあってなかなか売り上げが拡大しなかった。

そんな中、東日本大震災の被災地にボランティアとして訪れた社員が、仮設住宅の集会所にマシンを寄贈して好評を博したことをきっかけに、コーヒーマシンをオフィスに無料で配布するというアイデアが誕生。その発見をシーズにしてテストマーケティングを重ね、現在のビジネスモデルが生まれたのである(栗木契「ネスレ無料コーヒーマシン大ヒットの仕掛けは3.11被災地」PRESIDENT Online, 2017/03/23)

このように市場においては、マーケティング活動を実際に進めることで、人々のあいだに新しい行動が生まれ、事前には存在していなかった機会が新たに顕在化することがある。こうした市場のメカニズムを活用して機会をとらえる起業家は少なくない。

「つくり出すものとしての起業家的機会」に挑む

マーケティング・リサーチは、アンケートや販売データなどから広く社会や市場のニーズなどをとらえ、適切な事業機会を見きわめる手法として発展してきた。こうした手法は、第1のアプローチである「発見するものとしての起業家的機会」の捕捉に適している。問題はこの手法が、第2のアプローチである「つくり出すものとしての起業家的機会」の獲得にどこまで有効かということである。

アンケートや販売データなどから、消費者のライフスタイルや購買の傾向をとらえることで見えてくるのは、現在の社会のなかに存在する集団の平均的な特性や傾向である。一方であらかじめ存在しているわけではない「つくり出すものとしての起業家的機会」に出合うことが目的なのであれば、既存の市場を網羅的に調査することは必須ではない。