普通ならここで諦めてしまうかもしれない。けれど松原は食い下がった。

まず、社内事業として進めるべきなのだろうかと考えた。バスを使ったサウナのサービスにはほとんど前例がなく、事業計画を立てても会社を納得させるのは難しい。「やってみないとわからないが、成功する保証もないから社内で提案して進めるのは難しいかもしれない」というのが松原の本音だった。

そこで、外部の補助金などは使えないだろうかと探し始めた。すると、経済産業省の「出向起業に係る補助金制度」の存在を知る。出向起業とは、会社を辞めることなく事業を立ち上げ、出向という形で経営者として新会社を立ち上げることだ。ちょうど松原がその制度を知った2021年3月に告知され、第1回目の募集が始まろうとしていた。

出向起業なら会社に属したまま新規事業に取り組めるため、会社を辞めて起業するよりもリスクが低い。なおかつ、自由度が高い利点があった。それに、会社から費用が出なくとも、補助金があればサウナバスの製作に充てられる。

ただし、補助金の申し込みは6月までにしなければならない。それまでに会社を立ち上げて法人化していることが条件だった。

筆者撮影
サウナバスをつくるために奔走した松原さん。

起業の覚悟

「会社の立ち上げまで、3カ月しかないのか……」

松原は起業に迷いがあった。起業は事業に責任を負うことを意味する。一人の社員から、会社の代表へと立場が変わることが怖いと感じた。それに、立ち上げ資金やバスの改造費用をすべて自分で賄わなければならなかった。

開業資金は最低でも40万円ほど必要だった。なかなかポンッと出せる金額ではない。当初、サウナバスの企画を反対していた上司に率直に思いを伝えると、「それぐらいは自分で出さな。腹くくってないでしょ」と、手厳しい意見が返ってきた。

松原が迷っていると、上司は「松原は起業が向いてると思う」と励ました。その上司は、出向起業をしてでも叶えたいという松原の思いを応援するようになっていた。

「私も単純なんで、『向いてるならやろう』って(笑)。人生は1回きりだから、思ってることあるならやったほうがいいなって思ったので、2021年5月末に会社を立ち上げました」