心を亡くすと書いて「忙しい」と読むのだ、とさんざん聞かされてきたはずが、相変わらずSNSは手を替え品を替え、人々の多忙自慢に溢れている。
休暇旅行の投稿すら、あちこち分刻みで移動して逐一写真を撮って、絶対心の休まる隙なんかなかろうよ、と思うのは暇な私の僻みか。
さて、今回取り上げるのは本国デンマークの首相が熱心に薦めたという、北欧らしい合理的な働き方論。多忙な人々は「週70時間以上働くと15時間は何もしていないことになる」との現実を聞いてどう思うだろう。私やあなたの労働の実に約5分の1は「無」なのです。これまで何度も「労働時間が長いほど生産性はむしろ低くなる」と教えられ、頭ではわかっているのだけれど、習い性なのか、あるいは勤勉さ崇拝のようなものに突き動かされてか、どうにも働かずにはいられない現代の我々だ。
仕事に拘束され、自分の時間を奪われていると、忙しいと文句を言いながらも内心嬉しい。自分は必要とされている、との充実感。仕事をしているときの自分が「正常」であり、自由な時間には罪悪感と不安がよぎる。ドMの現代人は、わざわざ自ら自由な時間を圧縮して仕事に隷属する。
人は、なぜ長く働こうとするのか。「COVID-19によって、仕事についてのさまざまな真実が暴かれた」にもかかわらず、現代人の自発的な長時間労働への固執は終わらない。
要らない「手続き」、要らない「出勤」、要らない「気遣い」、要らない「ポスト」。本当に必要な労働の周辺にブヨブヨついた脂肪のような中身のないそれを、本書は「偽仕事」と呼ぶ。
「偽仕事には観客が必要だ。観客がいなければ必要なくなることがたくさんある」。そう、我々は「仕事をしている」と主張する時間の多くの部分を、誰かに見せて評価されるための演技に費やしている。
20世紀末、技術は発展する一方だったのに、100年ぶりに労働時間が増えた。「包摂的」がいいと信じて、とりあえず「みんなに」何も新しく生産しないコピペのような意見を聞いてアリバイを作る。
合理的に管理せねばと形式的な管理職ポストを次々と発明する。その管理職が雁首をそろえて、合意合意と、何も生まない会議に時間を溶かす。
自分たちで自分たちを忙しく見せる仕組みを作ることには実に熱心で優秀。そして本当の生産性は置いてけぼりだ。
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