誰でも簡単にできて、体がほぐれるストレッチ。でも、ちょっと待ってほしい。専門家から見ると、巷には間違ったストレッチが溢れているという。トップアスリートからも多くの支持を得るフィジカルトレーナーが、やってはいけない、危ないストレッチを解説する。

準備運動で筋肉を伸ばしてはいけない

筋肉を伸ばす、伸長させるストレッチという概念が米カリフォルニア州立大学の体育学の専門家、ボブ・アンダーソンによって開発されたのが1970年代。数年で世界に爆発的に広がりました。日本にも遅れて入ってきて翻訳版も出ましたが、普及は他国より遅く、2000年になっても出版社の方が「やる人がいないから、ストレッチの本は売れない」と言っていました。売れるようになったのは、それから数年後でしたね。

ところが今、日本で普及しているストレッチは、私が渡米時に学んだそれとは少なからずギャップがあります。本来ならやってはいけないはずの動作が、ストレッチとして普及してしまっているのです。そこを詳しく解説していきましょう。

ストレッチには大まかに言って静的ストレッチと動的ストレッチの2種類があります。前者は筋肉を伸ばすストレッチ、後者は動かすストレッチです。実は本来、スポーツを行う前に準備運動として行うのは動的のほう。運動後に行うのが静的なんです。でも、日本だけは逆で、多くの人が準備運動に静的ストレッチを行っています。

翻訳ミスなのか何なのか、理由はよくわかりませんが、11年前に『運動前のストレッチはやめなさい』という著書を出したときに叩かれたくらい(苦笑)。今はアスリートの間では動的ストレッチが広まってきましたが、この間違いは一般には根強く残っていますね。

もう一つは、ヨガとストレッチの混同です。ヨガは一見、体の各所を伸ばす動作が多いのですが、あくまで精神修行のために行うもの。目的が違うものなのです。精神修行としてのヨガは素晴らしいものですが、ストレッチとは違うものです。どちらが正しくてどちらが間違いというものではありません。ただ、西洋医学の観点から見れば、関節や腱、靭帯じんたいの安全面を配慮しながら行うストレッチプログラムとはまったく違うものです。

ストレッチには「ドンツ(don'ts)」という、指導で使ってはいけない動作がたくさんあります。ヨガにおいては大切なポーズの中にも、体に負荷がかかりすぎる「ドンツ」が少なくありません。ネット動画などを見て自己流のヨガ風ストレッチを行うときは、知らないうちに体にダメージを与えていることもあるので注意が必要です。

その代表が「鋤すきのポーズ」。トップアスリートならともかく、一般の方が行うと首への負担が大きすぎて頚椎けいついを痛める危険があります。人間の首の後ろへの可動域は前より狭く、曲げるのに適していません。ヨガブームの中で生まれた勘違いではないかと思います。

背骨は24個の積み木が重なってできているようなものです。その“積み木”の中でも、頚椎の箇所が一番小さい。その中に、脳から体に伸びているたくさんの神経が通っています。そのすぐ上に乗っているのが、体で一番重いパーツ、頭部です。ここがグラつかないよう、肩や首の筋肉が支えています。

ですから、首回りの筋肉をちょっとでも圧迫すると、ただでさえ小さな“積み木”が崩れかねません。首回りを鍛えなければならない柔道やレスリングの選手でもない限り、頚椎に体重をかけるような運動は不要です。「180度開脚」も同じ。爆発的に売れた「180度開脚」の本は、ヨガの先生が書いた本でした。

実は、180度開脚は大問題。股関節は、解剖学上90度までしか開かない構造になっていて、靭帯もそれ以上伸びないようにできているのです。

(構成=西川修一 イラストレーション=中川紀子)