表面的に謝罪しつつも本心は「自分は悪くない」

農林水産大臣を務めていた江藤拓氏が、5月18日の佐賀市での講演で「コメを買ったことはありません。支援者の方々がたくさんくださるんですね。まさに売るほどあります、私の家の食品庫には」と発言した。米価が高騰し、多くの国民が困っていたこともあって、この発言は大炎上。江藤氏は参議院農林水産委員会で「たしかにうける話ではなく全くピント外れだったと思う。全く庶民感覚がないと断じられるような発言をしてしまったことはまさに恥ずかしい。返す返すも不適切な発言だったとおわびを申し上げたい」と陳謝した。それでも、江藤氏に対する批判は一向におさまらず、結局辞任に追い込まれた。

江藤氏に限らず、政治家の発言が世間で問題視され、反感や怒りを買うことは少なくない。「国民の感情を考えれば適切ではなかった」と後から反省の姿勢を示し、釈明や陳謝をするにもかかわらず、国民の感情を逆なでする失言がなくならないのはなぜなのか?

まず、表面的には反省しているふりをしながら「おわび」の言葉を口にしているものの、自分が悪いとは思っていない可能性が高い。むしろ、問題となった発言をした時点では、支援者からコメをたくさんもらえるほど、自分は人望を集めているのだと誇示したかったのではないかと疑いたくなる。

しかも、江藤氏の発言を擁護した政治家さえいる。JA鹿児島県中央会出身で、岸田文雄内閣の農相を務めた野村哲郎氏である。野村氏は5月31日、鹿児島県曽於市での講演で「お隣、宮崎県の江藤大臣がちょっと口走ったことが問題になりました。今日はマスコミの人たちもたくさん来ておりますが、私はそんなに悪いことを言ったような気はしないんです」と発言した。おまけに、次のように言い放ったのだ。

「私もコメを買ったことはありません。女房がいつも買っていますから」
「タクちゃん(江藤氏のこと)もそういう言い方をすれば良かったんですよ」

江藤氏の発言を容認し、同調した野村氏は、「イネーブラー(enabler)」になっているように見える。「イネーブラー」とは、薬物やアルコールの依存症患者の周囲にいて、本人が依存している物質の購入代金を渡したり不始末の尻拭いをしたりする人物を指す。日本語では「支え手」と訳されることが多い。相手を助けているつもりが、かえって深刻な事態を招く。

ある政治家の失言が批判されると、必ずといっていいほど擁護する別の政治家が現れるが、この手の政治家は全員「イネーブラー」といえる。「イネーブラー」が増えるほど、失言した本人は「許されるんだ」と思い込みやすい。そもそも、野村氏がいみじくも言ったように、「ちょっと口走った」くらいのことでなぜこんなに叩かれるんだ、という憤りがくすぶっているので、どうしても同様の失言が繰り返される。

「イネーブラー」の役割を果たした発言も問題だが、その前に野村氏はもっと重大な失言をしており、こちらのほうがマスコミで大々的に取り上げられた。同じく5月31日、曽於市の前に鹿屋市で開かれた森山裕・自民党幹事長の国政報告会で、

「もうほとんど自分で決めて自分で発表してしまう。ルールというのを覚えていただかなきゃいかん」

と、随意契約による政府備蓄米の売り渡しを決めた小泉進次郎農相に苦言を呈したのだ。それだけではない。

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