米国では「ノスタルジック」 日本と異なる広告イメージ

ロサンゼルスでマーケターとして24年間、広告代理店を経営してきた私の目には、大谷翔平選手が単なる野球選手としてではない、他に類を見ない存在として映っています。彼がなぜ、広告界においても野球選手としても世界一の座を獲得できたのか、その深層をマーケティングの視点から掘り下げていきたいと思います。

まず、彼の揺るぎない「史上初」の偉業が、彼のブランド価値の基盤にあることは言うまでもありません。ロサンゼルス・エンゼルス時代の2022年には、MLB史上初めて1シーズンで規定投球回と規定打席の両方をクリアし、投手として10勝以上、打者として30本塁打以上を同時に達成した初の選手となりました。21年と23年にはア・リーグMVPを全会一致で受賞。さらにロサンゼルス・ドジャースに移籍した24年シーズンでは、MLB史上初の「50本塁打・50盗塁」を達成し、ナ・リーグの本塁打王と打点王の2冠を獲得しました。ア・ナ両リーグでのMVP受賞はフランク・ロビンソン以来2人目、異なるリーグでの2年連続受賞は史上初であり、指名打者(DH)専任での受賞も史上初の快挙でした。これらの圧倒的な実績は、彼の持つ「唯一無二」の価値を世界に知らしめました。

しかし、野球の専門家ではない私から見ても、これだけの「偉業」だけでは、24年は7000万ドル(当時約109億円)、そして25年には1億ドル(約145億円)を超えると言われる彼の広告収入を説明するには不十分だと感じます。契約金で大谷の記録を破ったニューヨーク・メッツのファン・ソトのエンドースメント(※1)が25年で700万ドル(約10億1500万円)、ニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジも700万ドル、フィラデルフィア・フィリーズのブライス・ハーパーですら1000万ドル(約14億5000万円)とされていることからも、大谷選手のエンドースメントがいかに異例であるかがわかります。この「異例」の背景にこそ、彼の広告界での成功の秘密が隠されています。

※1:野球選手における「エンドースメント」とは、企業やブランドとの広告契約から得られる収入のこと。球団との契約金とは別。トップ選手になればなるほどエンドースメントも多くなる傾向がある。

1つ目の大きな要因は、彼がアメリカで築き上げた「古き良きアメリカの野球少年」というパブリックイメージです。球場にゴミが落ちていれば拾い、不調でもベンチで暴れない。いつも爽やかな笑顔で、勝っても負けても腐らない。こうした振る舞いは、アメリカの「ジェントルマンであれ」というアッパー層の価値観に合致し、「よくできた息子」として、特にアメリカのお母さん世代から絶大な支持を得ています。

日本でファミリーマートの広告に添えられた「僕はおむすびのおいしい国に生まれた」という大谷選手の“日本人らしさ”をアピールしたコピーとは対照的に、アメリカでは「とにかく野球が大好きな、古き良きアメリカの野球少年」というイメージが浸透しているのです。このクリーンでノスタルジックなイメージは、幅広い層に安心感と共感を与え、広告主にとっては非常に魅力的な要素となります。

2つ目に、彼が持つ「ダイバーシティ・イメージ」のポジティブな側面です。昨今のアメリカが抱える人種問題の中で、英語が堪能ではない東洋人である大谷選手が、その純粋な野球への情熱とひたむきな努力によって成功を収める姿は、多様性を重んじるアメリカ社会において希望の象徴となりえます。以前、通訳を使っていることを揶揄するコメントを野球解説者がした際に、後にそれが撤回され、謝罪することになったのも、移民への偏見を是正しようとするアメリカ社会の動きを反映していると言えるでしょう。彼が少しずつ、英語でメディア対応をするようになったことも、「本当の仲間」と見なされる一歩であり、彼の広告価値をさらに高める要素となるでしょう。

1015億円の契約は「超お買い得」だった

そして、特筆すべきは、彼の「オータニ・エフェクト(※2)」が巻き起こした、経済的な波及効果です。ドジャースとの10年総額7億ドル(当時約1015億円)という契約は、一見非常に高額に見えますが、実はドジャースにとって「非常にお得な買い物」でした。ドジャースに移籍したことで、彼の広告効果は3倍にもなると予測され、年間7000万ドル(当時約101億円)の利益を球団にもたらす計算になります。この利益を10年分積み重ねるだけで、彼の契約金が賄えてしまうのです。

※2:大谷翔平選手の活躍によって生じる経済的・社会的・文化的な広範な影響のこと。特に、広告収入の爆発的な増加や観客動員数、グッズ販売への貢献など、野球界内外に大きな波及効果をもたらしている。

エンゼルス時代、彼の活躍が始まる前は、不人気球団ゆえに広告費も比較的安価でした。しかし、大谷選手がホームランを打つたびに、バックネット裏の「くら寿司」の広告がSNSで拡散され、そのコストパフォーマンスの高さが証明されました。エンゼルス時代の広告主は「超お得な買い物」をしたと言えるでしょう。

(構成=鈴木聖也)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
漫画、コンビニ、ラーメン…日本に多くの宝がある理由
独自メガネの大ヒットで急成長…静岡発「眼鏡市場」が日本一になれたワケ
北海道限定の「マルセイバターサンド」が年6000万個の定番商品になれた理由
学ぶ意欲が起きないのは《無意識》のせいだった! 認知科学コーチングのプロが教える3000人以上の人生を変えた「自分の変え方」
ドラッグ業界の常識を根底から壊したマツキヨのPBが高くてもバカ売れする理由