「追加料金なし」即日購入客が増加

群雄割拠のイメージがある眼鏡小売業界ですが、実はその中でメガネトップは売り上げナンバーワンの座を14年連続で守り続けています。静岡の眼鏡チェーンがどうやって全国制覇して、いまもまだ成長を続けているのか。歴史を振り返ってみましょう。

メガネトップは、創業期から他店より低価格で商品を提供するディスカウント業態で成長していきました。フレームの価格を数千円から取りそろえることで、多くのお客様に支持されました。

ただ一方で、お客様から不満の声もいただいていました。元の値札はたしかに安いのですが、高機能のレンズを選択すると元の値札の数倍になるため、お店にいくら持っていけばいいのかわからないというのです。

お客様に購買意欲があっても、料金がわかりにくいと購買意欲が削がれてしまいます。その影響からか、新店を出しても売り上げが計画に届かないケースが目立ち始めました。

ちょうどそのころ、追加料金なしのワンプライスという新業態が業界を席巻していました。これを受けて2006年10月に始めたのが「眼鏡市場」です。

高機能レンズでも追加料金なしのワンプライスでは利益を圧迫します。新業態を持続的に展開するには、収益改革が不可欠でした。

収益を維持するために取り組んだことが二つあります。一つは人件費率のコントロールです。当時、メガネトップの正社員比率は7〜8割でした。ただ、新業態の成長とともに同じように正社員を増やすと収益が厳しくなります。そこで時短で働くエリア採用のパート社員を積極的に採用。一時的にパート社員比率を約5割まで高め、ライフスタイルや個人の希望に合わせた多様な働き方を提示できるようにしました。

パート社員の拡大は新業態だからできた施策でした。新業態でも、視力検査や加工は専門的な知識やスキルが必要です。一方、フレームやそこにつけられるレンズが限定されているため、商品説明などは比較的ライトな教育でいい。既存社員は専門的領域、パート社員はライトな領域と分担することで現場の混乱を防げました。

もう一つはPB商品へのシフトです。実はメガネトップは96年に福井県鯖江市でM&Aにより工場を取得して、自社製造のPB商品を提供していました。ただ、その比率は2〜3割にとどまり、多くはブランド品に頼っていました。新業態の価格を1万8900円に設定すると、ブランド品の多くは原価が合いません。収益を考えると、ブランド品は既存店に回して新業態はPB商品中心にする必要がありました。

その点は、96年の段階で眼鏡のまち、鯖江に工場を持ったことが有利に働きました。通常、眼鏡の生産は一工場だけでは完結せず、さまざまな工場が関わります。たとえばパーツをつくることが得意な会社もあれば、メッキの技術に長けた会社もあって、分業体制で眼鏡をつくりあげていくわけです。

(構成=村上 敬 撮影=クロダユキ)

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