なぜ自分だけできないのか劣等感を抱えていた

「ジャパネットたかた」といえば、いまだに父・髙田明の顔を思い浮かべる人が多いかもしれません。長崎の小さなカメラ店を、自ら広告塔になることで日本有数の通販会社に育てた父は、まさにジャパネットの顔でした。

髙田 旭人氏
ジャパネットホールディングス社長兼CEO 髙田 旭人(たかた・あきと) 1979年、長崎県生まれ。2002年、東京大学教養学部卒業。大手証券会社を経て、04年にジャパネットたかた入社。15年にジャパネットホールディングス社長に就任。現在はジャパネットホールディングスを含むグループ8社の代表を務める。

私が父から社長を引き継いだのは2015年です。それ以来、父は経営に一切ノータッチ。その状況で10年間やってきましたが、今でも「社長の息子さん」と呼ばれることがあり、父の影響力の大きさを思い知ります。

いまだに父の会社だと勘違いされることについては、気にしていません。ジャパネットの2024年12月期のグループ連結売上高は2725億円となり、過去最高を更新しました。私が前面に出なくても、会社を見てもらえれば十分です。もちろん、葛藤やコンプレックスがなかったわけではありません。私には姉と妹がいて、2人ともとても優秀です。姉と妹は何でもうまくできるのに、なぜ自分だけできないのか。そんな劣等感を抱えて育ちました。

35歳で会社を継いだときも、最初から割り切れてはいませんでした。父は社員と飲みに行くと、率先してカラオケで歌って場を明るく盛り上げるタイプ。一方、私は人前で歌うことに抵抗を感じるほうで、とても父のマネはできなかった。従業員を引っ張っていけるのかと、悩む日々でした。

心の霧が晴れたのは、姉にジョセフ・L・バダラッコの『静かなリーダーシップ』を薦められてからです。その本には、ホームランバッターではなく、目立たないけどコツコツ積み上げていくリーダーシップの形もあると書いてあり、腑に落ちました。カリスマの父を目指さなくても、自分は自分のリーダーシップでやっていけばいい。そう考えると心が軽くなりました。

具体的に変えたのはマネジメントです。それまでのジャパネットはトップダウン型で、マネジメント層は社長と役員3人、部長6人だけでした。

しかし、私が継いだ時点で売上高が約1500億円あったジャパネットは、もはや少数の役職者で舵取りできるサイズ感ではありません。そこで、私はマネジメント層を徐々に増やすことを決断します。現在はグループ全体で役員26人、部長68人を擁しており、それぞれの領域で役員や部長が意志を持って動く体制に変わっています。

マインドの変革も促しました。以前は父が「正解」を持っていて、そのとおりにやっていればうまくいきました。しかし、それだと社員は自分の頭で考えようとしません。

私が意識しているのは、世の中にある正解をみんなと一緒に探しにいくこと。たとえばA、B、Cの3つの選択肢があるとしましょう。以前は父に丸投げして3択の中から決めてもらっていましたが、今は社員から聞かれると、逆に「あなたはどれがいいと思う?」「それはなぜ?」と質問します。出てきた答えが、私の中の正解と同じならそれで決定です。もし違っていたとしても、半分以上納得できる部分があれば、社員の選択を尊重します。

当然、それで失敗する場合もありますが、私が任せたのだから責任は問いません。経営層になれば、一つの決断で数千万円から数十億円単位でお金が動きますから、むしろ100万円単位で済むうちに失敗も経験して、自分の頭で考えることに慣れるほうがいい。

(構成=村上敬 撮影=的野弘路 )

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