世界3位の受賞数を誇る日本
「2025年イグ・ノーベル生物学賞は、農研機構の兒嶋朋貴さんらの研究(※1)グループに贈られます。受賞内容は……ウシをシマウマ柄に塗ると、アブやサシバエに刺されにくくなることの実証!」
※1:黒毛和牛にシマ模様を描き、白シマ牛と通常の黒牛などに付着する吸血昆虫数と吸血昆虫が忌避する行動の回数を比較。白シマ牛は付着する吸血昆虫数が半減、忌避行動の回数も25%減少。
9月18日(日本時間19日)、35回目の授賞式が開催された。ぽってりした黒毛和牛に白い縞――そのユーモラスな“シマウシ”写真は、メディアを横断して拡散した。日本は、2007年より19年連続受賞の快挙である。なぜ日本はイグ・ノーベル賞に強いのか。
そもそもイグ・ノーベル賞とは何なのか。否定の接頭辞「ig-」と「ignoble(不名誉な)」から成る造語(Ig Nobel)、言わずと知れたノーベル賞のパロディである。ユーモア科学ジャーナル「Annals of Improbable Research」の編集長、マーク・エイブラハムズ氏を中心に1991年に創設された。選考基準は明快だ。「人々を思わず笑わせ、そして考えさせた研究や業績」に贈られる。毎年1万件近くのノミネートがあり、その中から10部門に賞が贈られる。自薦も多くあるが、現在までに自薦で受賞したのは唯一1件のみ。96年の生物学賞「ビール、ニンニク、サワークリームに対する蛭ひるの好みを調べた、味わい深いレポートに対して」だ。
授賞式もユニークなことで知られている。毎年授賞式のテーマが決められ(今年のテーマは「消化」)、それにちなんだ科学オペラが上演される。受賞者のスピーチは60秒。それをすぎると8歳の女の子「ミス・スウィーティ・プー」が出てきて、「もうやめて! 飽きちゃったから!」と連呼する。ちなみにこれも、8歳の女の子に言われる悪口が一番精神的に堪えるらしい、という研究によるものだ。紙飛行機が舞い飛ぶ中、イグ・ノーベル賞受賞者たちは、「紙切れ」と呼ばれる賞状と、ガラクタのようなトロフィー、そして副賞として10兆ジンバブエドル札を受け取るのが通例だ。ノーベル賞の賞金が1億5000万円ほどに対して、10兆ジンバブエドル札はすでに紙幣としては使えない。0円。渡航費も滞在費も自腹だ。さらに、今年は10兆ジンバブエドルが記念品として高騰したという理由で、“より価値のあるもの”として、ウエットティッシュが授与された。プレゼンターは本家ノーベル賞受賞者たちである。そう、イグ・ノーベル賞の授賞式は、皆で“真面目にふざける”アカデミックなお祭りなのだ。
では、その「人々を思わず笑わせ、そして考えさせた研究や業績」とはどのようなものなのか。非常にイグ・ノーベル的な例として、09年の公衆衛生学賞を見てみよう。「緊急時に一対のガスマスクに(一つは自分用に、もう一つはそれを必要とする誰かのために)素早く変形させることのできるブラジャーを発明したことに対して」だ。一見すると「なぜそんなものを⁉」と思わず噴き出してしまうが、その発明の背景を聞くと、考えさせられてしまう。受賞した医師のエレナ・ボドナー氏は、86年に起きたチェルノブイリ原発事故の被災者治療に関わった際「日常的に使用できる、無理のないガスマスクがあれば、被害を抑えられたのに」と考え、この「エマージェンシー・ブラ」の発明に至った。このように「笑える」側面の裏側を紐解くと、社会課題に対する問いかけや、研究背景が浮かび上がってくるところが、イグ・ノーベル賞が多くの人に愛される所以であろう。
ここから本題に入ろう。日本はイグ・ノーベル賞において、どのような立ち位置なのか。今年で35年目を迎えるなか、28回は日本人の受賞があった(複数受賞の年もあり、受賞数は31回)。世界と比べても、1位のアメリカ、2位のイギリスに続き、日本は堂々の3位である。アジアの国々の中でも群を抜いており、日本がイグ・ノーベル賞に強いと言っても過言ではないだろう。
では、なぜ19年も連続で受賞ができるのか。その理由を探るため、いくつか過去の日本人受賞を見てみたい。
まず、記憶に新しいのが、24年生理学賞「多くの哺乳類が、肛門で呼吸できる可能性の発見に対して」だ。ほかにも11年化学賞「緊急時に眠っている人を起こすのに適切な空気中のわさびの濃度の発見と、これを利用したわさび警報装置の開発に対して」、14年物理学賞「床に置かれたバナナの皮を踏んでしまった際のバナナの皮と靴の間の摩擦、およびバナナの皮と床の間の摩擦の大きさを計測したことに対して」など、思わず目を疑うような受賞内容が並ぶ。
しかし、肛門呼吸はコロナ禍の呼吸不全への代替手段の研究に端を発し、わさび警報装置は聴覚障害者のため、バナナの摩擦係数は人工関節研究の一環として……と、どれも納得の研究背景が存在する。今年の“シマウシ”研究にしても、絵面のインパクトはさることながら、吸血昆虫の付着数が半減と、その効果は絶大であり、ウシの発育改善や感染症予防への活用も期待されているのだ。
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