デジタル教育先進国で生じている異変とは
「学習者用デジタル教科書(以下、デジタル教科書)」を正規の教科書に位置付ける動きが、文部科学省の主導で進んでいる。
デジタル教科書は、従来の紙の教科書の内容をデジタル化し、補助教材である動画やアニメーションを含めて、児童生徒が授業などで使えるようにしたものだ。デジタル化によって学習の内容が変わらないということが暗黙の了解になっているようだが、文章そのものが同じであっても「教科書」としての機能は大きく劣化し、思考力と学力の低下を起こす可能性がある。
学校教育では、学習内容を熟知した教員が未学習の内容の質問を投げかけ、それに生徒が答えることになる。発達過程の子どもにとって教育が自身の成長の喜びにつながるかどうかは、教科書や学習指導要領に左右される。それゆえ、生徒たちの将来に関わる教育改革は、彼らの側に立って心を寄せながら、細心の注意と深い洞察をもって検討されねばならない。
一人一台のデジタル端末を準備し、教科書のデジタル化にいち早く踏み切ったスウェーデンやフィンランドでは、その政策を文字通り「白紙に」戻した。背景には、全般的な学力低下と、精神面の変化がある。
フィンランドの小都市リーヒマキでは、パソコンを使った授業が週20時間を超えることもあったという。「子どもの集中力が低下し、短気になるといったことが、その頃、フィンランド全体で問題化した。デジタルに偏った教育への懸念が高まった」。同市職員の声を、読売新聞が2025年3月18日に報じている。
私は先日、公益財団法人 文字・活字文化推進機構との共同で、次のような趣旨の意見書(パブリック・コメント)を、文部科学省の初等中等教育局に提出した。
「学問的に予想されるデジタル教科書のデメリット、紙の教科書のメリットが十分に検討されないまま、デジタル教科書推進ありきで一方的に議論が進められており、大いに問題がある。教科書の形態を紙とデジタルのどちらにするかは、成長期にある子どもの学習や人格形成、健康に重大な影響を与えるものであり、その選択を各教育委員会に『丸投げ』することは、国の責任放棄に等しい。紙に比べデジタルのほうが学習効果が高いという根拠は乏しく、デジタル教科書から紙の教科書に※1回帰した海外の事例は、実際に起きたことであるだけに、重くとらえなくてはならない。子どもの学力や思考力の低下につながらないよう、全学年、すべての教科で紙の教科書を主たる教材とし、デジタルはこれまで通り補助教材の扱いにすべきだ」
データや人工知能による計算結果が重視される風潮となって、子どもたちも自分の判断に自信が持てなくなったり、考えること自体を放棄したりする傾向にある。電子機器にデジタル教科書が搭載されることで、後戻りできないデジタル機器一辺倒の状態となることが予想される。一人ひとりの理性や感性、そして思考力や判断力を育む必要のある教育現場において、これは危機的な状況だと言わざるをえない。
子どもの書く文字が雑になっている理由
デジタル教科書を審議する中央教育審議会デジタル学習基盤特別委員会は、「デジタル教科書推進ワーキンググループ」と冠されているように、教科書のデジタル化ありきで議論がなされてきた。パブリック・コメントを集約した後に、ある委員から「さまざまな子どもの実態に対応できるデジタルのメリットなどの好事例があるのは事実だと思う」との意見があった(教育新聞25年4月28日)。それは本当だろうか。
具体的なメリットとして、別の委員は次のように指摘している。
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