読書の「広さ」「深さ」が地頭を鍛えてくれる
私が考える「地頭がいい人」とは、対応力がある人です。過去に経験のない出来事に直面しても、瞬時に状況を理解し、機転を利かせて対応できる。それが地頭の良さだと思います。
学校の勉強ができるだけなら、それは「頭がいい人」です。学校では体系的なカリキュラムが用意され、それに沿って計算問題を解いたり、読み書きの練習を積んだりすれば、テストの点数も上がっていきます。つまり正しい手順を踏むことで、段階的に頭がいい人になっていくわけです。
一方、地頭の良さはテストで測れませんし、「このドリルを解けば地頭がいい人になれる」という決まった手順もありません。「地」には、「土台となるもの」といったイメージがあります。自分が本来持っている力をベースに、仕事でも難しい課題や前例のない問題に対応できる。そんな人は地頭がいいといえるでしょう。
かといって、地頭の良さは生まれ持った素質だけで決まるわけではありません。スポーツ選手がトレーニングを積むことによって、本来持っている運動神経をさらに高めていくように、地頭も鍛えることが可能です。
では、地頭を鍛えるにはどうすればいいか。私は「読書」が最良のトレーニングになると考えています。その理由は、読書で得られる学びの「広さ」と「深さ」にあります。
学校の勉強がカリキュラムの範囲内に収まるのに対し、本の世界はまるで大海原のようにどこまでも広がっています。古今東西の書物がありとあらゆるジャンルやテーマを扱っており、どれだけ多くの本を読んでも、また新しい知識や物語に出会えます。これが読書ならではの「広さ」です。
自分の人生で経験できることは限られますが、読書を通じて他者の経験を共有できます。現代の日本とは異なる時代や場所で生きた人たちの体験や、そこから得た知恵や教訓が書かれた本を読むことで、自分の世界をどんどん広げていけるのです。
例えば福沢諭吉の『福翁自伝』を読むと、幕末から明治の激動期に日本の近代化を推進した思想家が、どんな人生を送ったのかを事細かに知ることができます。
諭吉が苦労してオランダ語を勉強したのに、外国人に話しかけたら全く通じず、これからは英語が必要だと痛感したエピソードは有名ですが、自叙伝ではそこから英語を習得していく様子が詳しく語られます。それを読むことで、「予想外の事態にどう対応し、どのような工夫や努力で壁を乗り越えたのか」を教えてもらえるのです。
人生は何が起こるかわかりません。それでも本を読めば、自分がまだ体験していない未知の事態に対し、「同じような場面に直面したら、どう考え、行動すればいいか」を知ることができます。しかも仕事や恋愛、家族など、人生の様々な要素について、幅広い対応力を学べます。だから読書は地頭を鍛えるトレーニングになるのです。
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