※本稿は、酒井邦嘉『デジタル脳クライシス――AI 時代をどう生きるか』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
研究結果は「ペンはキーボードより強し」
話を聞きながらノートを取るとき、手書きかキーボードかの違いによって、理解度や記憶への定着度にはどの程度の差があるでしょうか。アメリカの大学生を対象としてノートの取り方と理解度の関係を調査したパム・ミュラーとダニエル・オッペンハイマーの研究(*1)を紹介しましょう。
この論文のタイトルは「The Pen Is Mightier Than the Keyboard(ペンはキーボードより強し)」で、「ペンは剣より強し」というイギリスのことわざ(言論の力は武力に勝るという意味)をもじった印象的なタイトルをつけています。
ただし、この論文には主要な結果を含め多くの誤りや不備があり、出版から4年も経ってから訂正箇所が公表された(*2)という変則的な経緯があります。広く引用されている実験なので、その杜撰さは大変残念ですが、訂正によって定性的な結果は変わらなかったので以下に説明したいと思います。
*1 Mueller PA, Oppenheimer DM: The pen is mightier than the keyboard:Advantages of longhand over laptop note taking. Psychol Sci 25: 1159-1168, 2014
*2 Mueller PA, Oppenheimer DM: Corrigendum: The pen is mightier than the keyboard: Advantages of longhand over laptop note taking. Psychol Sci 29: 1565-1568, 2018
手書き群のほうが良成績だった問題
実験では、プリンストン大学の参加者に、TED Talksというビデオの講演録を15分程度視聴させて、講義と同じような方法でノートを取ってもらいました。キーボードを使った学生を「キーボード群」、手書きでノートを取った学生を「手書き群」とします。
その後、講演の内容を問うテストが行われました。学生にとっては、大学で講義を受けてノートを取り、直後に小テストを受けるような設定です。
たとえば「インダス文明は何年前でしたか?」といった事実に関する問題では、キーボード群と手書き群のスコアに統計的な差はありませんでした。ところが、たとえば「社会の平等性に対する取り組みは、スウェーデンと日本でどのように違いますか?」という問いのように、「平等性」といった概念を適用する問題については、手書き群のほうがキーボード群よりも有意に良い成績を出しました。
「有意に」とは、「統計的にみて偶然に起こったとは考えにくいほどの」という意味で、実験科学で用いられる大切な用語です。