「すべて書き取れない」ゆえの利点

両群のこの違いは、おそらく手書きとタイピングという単なる動作の差によるものではありません。手書きでは聞いたことをすべて書き取るのは困難ですが、キーボード入力が速い人はそれが可能です。その一方で、手書き群のほうは書くことに専念しなかった分、情報を要約したりしながら理解や記憶を深めることができたのかもしれません。

そこで先ほどの実験に追加して、キーボード群には「文字通り書き取ることはしないように」と指示を与えてみましたが、それでも先ほどの結果は変わらなかったそうです。そうした一時的な介入では、ノートの取り方や記憶に影響を与えなかったことになります。

「ペンはキーボードより強し」というわけで、ペンによる手書きのほうがキーボードよりも理解で勝っていたのです。

キーボードを使うと受け身になりやすい

この実験が示す手書き群とキーボード群の違いは、たしかにノートの取り方に原因がありそうです。実際、キーボード群のほうが手書き群よりも倍くらいの語数をタイプしていました。つまり、手書き群はそのままノートに書き取るのではなく、重要なことに絞って書き表す傾向がありましたが、キーボード群は聞いた言葉をそのまま逐語的に書く傾向があったのです。

キーボードを入力する手
写真=iStock.com/Toru Kimura
※写真はイメージです

言い換えれば、キーボードを使うと速くタイピングができる分、余分なことまで書き取ろうとして、かえって情報に対して受け身になりやすいのでしょう。ところが手書きでは、すべてを書き取れない分、要点をまとめてノートを取ることになります。

そうすると後者では、情報の内容を咀嚼したり自分で補って考えたりする脳内の作業が生じるわけです。そのため、「概念を適用する問題」に対して有利に働いたと考えられます。

つまり、「手書きでノートを取る」ことで内容の理解がより深まるわけで、キーボードは文明の利器とはならないのです。それなのに、自分のパソコンを持つことで手書きなど必要なくなったと思い込んでいる学生は多いのです。こうした事実を踏まえ、私は自分の講義の冒頭で、できるだけ手書きでノートを取るよう学生たちに呼びかけるようにしています。