現代社会では夥しい量の科学が氾濫しているが、その原理はどのようなもので科学者は一体何をしているのだろうか?
こうした素朴な疑問に対して、考え方の根本から解説する入門書が出た。著者は科学哲学の専門家で、脳神経倫理学という新しい分野も意欲的に開拓している。有害な情報から身を守るには自分の頭で考えファクトチェックを的確に行うことが重要だが、その際のポイントを列挙する。
前半の第1章(科学的思考をスケッチする)と第2章(因果関係を考える)では、科学的思考の基本となる因果関係と相関関係をわかりやすく説明する。次の第3章(科学的思考を阻むもの――心理は真理を保証しない)で適切な思考を阻む「認知バイアス」を取り上げ、これに対処するための科学実験という手法を第4章(実験という方法)で解き明かす。後半の第5章(科学的に説明するとはどういうことか)では、モデル・メカニズム・法則・世界観といった科学者が当たり前のように使う概念を分析し、第6章(科学的に推論し、評価する)で、演繹・仮説・反証主義といった思考のからくりを鮮やかに繙ひもとく。最終章の第7章(みんなで科学的に思考する)では、集団で科学的な思考を進めるシステムを紹介し、科学者がどのようなコミュニティを組織し社会へいかに成果を還元しようとしているかが語られる。
評者の専門である地学の話題「人工地震説」も例として取り上げられている。大地震が起きるとその直後に、「原因は悪意ある組織が人工的に引き起こしたものだ」というデマが、SNSで飛び交うことがある。自然界で起こる地震や噴火の規模は、人間が扱えるエネルギーをはるかに超えるもので地学的にはまったく不可能なのだ。
「地下核実験で起こる最大規模の人工地震でもせいぜいマグニチュード(M)5程度にしかならない」(本書304ページ)。一方、2030年代に発生が予想される南海トラフ巨大地震の規模はM9.1で100万倍も大きなものだ。実は、それと同じものをすでに我々は東日本大震災(M9.0)で経験してきた。Mは1違うとエネルギーが32倍も異なるという地学の「常識」がまったく伝わっていないのだが、その原因は一般市民が勉強不足なのではなく、科学者の説明が下手だからである。専門家自身が本書を熟読し、正しい考え方と伝え方について根底から学び直す必要があると評者は強く思った。
こうした作業には氾濫する情報を的確に取捨選択するだけでなく、「発信する情報の『品質保障』ができるようになる」(本書5ページ)メリットもある。日常的思考と科学的思考は本来地続きにあるものなのだ。文系理系を問わず、現代科学にのみ込まれる危険性を感じているすべてのビジネスパーソンに推薦したい。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年6月13日号)の一部を再編集したものです。
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