地質学を通して感じるのは「永遠性」ではなく「豊かにあふれる時間」

地質学は地面の成り立ちや地球の歴史を研究する学問で、高校では理科の教科「地学」に含まれる。ノーベル賞に該当がない地味な分野なので、多くの人は地質学者に出会うことはまずないのではないか。

本書はその地質学が人間の経験する限界を超えて時間を見る新たな「レンズ」を与えてくれることを説く。米国ローレンス大学教授の地質学者が、自然から疎遠になった現代人に向けて熱く語る科学エッセイである。

『地質学者のように考えるタイムフルネス、新たな時間認識』 マーシャ・ビョーネルード著 江口あとか訳 築地書館/2700円+税
『『地質学者のように考えるタイムフルネス、新たな時間認識』
マーシャ・ビョーネルード著
江口あとか訳
築地書館/2700円+税

副題の「タイムフルネス、新たな時間認識」とは、著者が地質調査のため山へ分け入って得た感覚である。「風や波の音に心が洗われて(中略)過去の出来事が今もなお存在し、いつかそれらが、美しい啓示の中で再び繰り返される」(本書8ページ)。こうした認識について著者は、タイムレスネス(永遠性)ではなくタイムフルネス(豊かにあふれる時間)を垣間見るものと熱く語る。

評者も地質学者として同じ感覚を持つことがある。フィールドワークの最中に「世界がどのように時間によって作られているのかを意識し、実際、世界は時間そのものからなるということを、鋭く感じ取る瞬間」(9ページ)が突然訪れる。地質学の持つ「長尺ちょうじゃくの目」によって「私たちが存在するよりもはるか昔から続く過去と、私たちの存在なしに過ぎていく未来の両方を見据え」(27ページ)ることが可能となるのだ。

現代社会は激烈なスピードで地球環境を改変し「人新世じんしんせい」と呼ばれる時代をつくりつつあるが、こうした中で地質学は過ぎてゆく時間を立ち止まって考える余裕を与えてくれる。スマホから手を離し自然界に身をゆだね、静かに瞑想する時間である。

本書の語り口は軽やかでありながら、内容は驚くほど深い。地質学という一見専門的で日常から遠い世界へ滑らかに橋渡しする著者の力量には感服する。地層や岩石の分析といった学術的な営みを紹介するにとどまらず、地質学が培ってきた「時間を読む」「断片から全体像を推定する」「仮説と観察を往復させる」といった技法を、世界を正しく理解する様式として提示する。科学の方法論を読者の思考に重ね合わせてくれる稀有な啓発書である。訳文は平易で読みやすく、専門用語に不慣れな読者に負担を与えない配慮がなされている。むしろ地層や岩石が持つ複雑な物語を追ううち、思考がゆっくり地層のように折り重なっていく不思議な感覚すら生まれる。

科学的リテラシーを養う教養書としての側面も持ち、学問の枠を超えた「思考の楽しみ」を提供してくれる。地球の声に耳を傾けながら、時間の認識と思考の現在地を確かめてはいかがだろう。科学が好きな人だけでなく「ものを深く考える方法」を求める多くのビジネスパーソンへ薦めたい。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年2月13日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

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